アリアと30の変奏、最後にまたアリア——バッハ『ゴルトベルク変奏曲』と、眠れない伯爵の伝説

1741年に出版された『ゴルトベルク変奏曲』の楽譜より、冒頭の「アリア」のページ(フランス国立図書館所蔵)
1741年に出版された『ゴルトベルク変奏曲』の楽譜より、冒頭の「アリア」のページ(フランス国立図書館所蔵)

32曲。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの『ゴルトベルク変奏曲』は、静かな「アリア」で始まり、そのあとに30の変奏が続き、最後にもう一度、最初とまったく同じアリアが弾かれて終わります。アリア、30の変奏、アリア。合わせて32曲です。

そして冒頭のアリアは、ちょうど32小節でできています。

この数字の一致は、偶然ではないと考えられています。その話にたどり着く前に、まずはこの曲に必ずついてまわる、ある伯爵の話から始めます。

「眠れない伯爵のために」——この話はどこから来たのか

18世紀のドイツ、ドレスデンの宮廷に、カイザーリンク伯爵というロシアの外交官がいました。

伯爵は、夜なかなか眠れない人だったといいます。彼のそばには、ゴルトベルクという若いチェンバロ奏者が仕えていて、眠れない夜には隣の部屋で曲を弾いて伯爵の気を紛らわせていた。

ある日、伯爵はバッハに頼みます。眠れない夜に、少しでも心が晴れるような、穏やかで、それでいて楽しい曲を、ゴルトベルクのために書いてほしい。

できあがったのがこの曲で、伯爵はたいそう気に入り、金貨100枚を詰めた金の杯をバッハに贈った。伯爵はこれを「私の変奏曲」と呼び、眠れない夜には決まって「ゴルトベルク、私の変奏曲を弾いておくれ」と頼んだ——。

これが、『ゴルトベルク変奏曲』という名前の由来とされる話です。

ただ、この話を書き残したのは、バッハの死から50年あまりたった1802年に出た伝記でした。著者はバッハの息子たちから話を聞いたとされますが、確かめようはありません。

疑問もあります。1741年に出版された楽譜には、伯爵への献辞がどこにも書かれていない。それに、ゴルトベルクは当時まだ14歳ほどの少年でした。

だから今では、この話は「よくできた伝説かもしれない」として紹介されることが多くなっています。私は、伝説でもかまわないと思っています。眠れない夜のための音楽、という入口は、この曲の聴き方として悪くないからです。

32小節、32曲——変わるのはメロディーではなく、低音

エリアス・ゴットロープ・ハウスマン『ヨハン・ゼバスティアン・バッハの肖像』1746年。手にしているのは、6声のカノンの楽譜
エリアス・ゴットロープ・ハウスマン『ヨハン・ゼバスティアン・バッハの肖像』1746年。手にしているのは、6声のカノンの楽譜

楽譜の正式な題は、『2段鍵盤のチェンバロのための、さまざまな変奏をもつアリア』。バッハが鍵盤楽器のための作品をまとめて出版した「クラヴィーア練習曲集」の、第4部にあたります。

「変奏曲」と聞くと、ふつうは一つのメロディーがだんだん形を変えていく曲を思い浮かべます。『きらきら星変奏曲』のように、どこかで元の旋律が聞こえてくる。

『ゴルトベルク変奏曲』は違います。

30の変奏で受け継がれていくのは、アリアの美しい旋律ではありません。その下で鳴っている低音の進み方と、和音の流れです。変奏ごとに旋律は跡形もなく入れ替わり、速さも気分もがらりと変わる。それでも、どの変奏も32小節の骨組みと、同じ低音の道すじの上に建てられています。

32小節の骨組みが、32曲を貫いている。全体の設計図が、最初のアリアの中にすでに書き込まれているような作りです。前半16小節と後半16小節に分かれるアリアのように、30の変奏も第16変奏を境に前半と後半に分かれています。

だから初めて聴くと、「どこが変奏なのかわからない」と感じるはずです。それで正解です。

アリアのもとになった旋律は、バッハの妻アンナ・マグダレーナの音楽帳にも書き写されています。家庭で弾かれていた、ゆったりした舞曲の一つでした。

上の肖像画で、バッハが手にしている楽譜にも、この曲とのつながりがあります。1974年、バッハ自身が持っていた『ゴルトベルク変奏曲』の楽譜が見つかり、その巻末に、アリアの低音の最初の8つの音をもとにした14のカノンが書き込まれていました。肖像画のカノンは、そのうちの一つです。

3曲ごとにカノン、最後は民謡のごった煮

30の変奏は、でたらめに並んでいるわけではありません。

3曲ごとに「カノン」が置かれています。カノンとは、一つの声部が弾いた旋律を、もう一つの声部が少し遅れて追いかける形の曲です。かえるの合唱のような輪唱を思い浮かべてください。

しかも、その追いかけ方が、回を追うごとに変わっていきます。

  • 第3変奏では、同じ高さで追いかける
  • 第6変奏では、1音高いところから追いかける
  • 第9変奏では、2音高いところから追いかける

こうして、追いかける音の幅が一つずつ広がっていき、第27変奏では9度の幅にまで達します。そのあいだに、速い指さばきの華やかな変奏や、舞曲風の変奏が挟まっていく。

ちょうど真ん中の第16変奏は、フランス風の堂々とした序曲の形で始まります。ここから後半が始まりますよ、という合図です。

第25変奏は、全体のなかで最も長く、最も暗い短調の曲です。ゆっくりと、ため息のような半音が続く。この曲を「黒い真珠」と呼んだチェンバロ奏者もいました。

そして最後の第30変奏。ここでバッハは、当時の人々が誰でも知っていた2つの俗謡のメロディーを、低音の骨組みの上で同時に鳴らしてみせます。「クオドリベット」と呼ばれる、遊び心のある寄せ集めの形式です。堅苦しいカノンを27曲目まで積み上げたあとに、最後は笑いで締めくくる。

その直後に、最初のアリアが、一音も変わらずに戻ってきます。

1955年、22歳のピアニストが「眠れない曲」にした

2段鍵盤のチェンバロ。18世紀前半、ハンブルクのクリスティアン・ツェル製作(ハンブルク美術工芸博物館)
2段鍵盤のチェンバロ。18世紀前半、ハンブルクのクリスティアン・ツェル製作(ハンブルク美術工芸博物館)

楽譜に「2段鍵盤のチェンバロのための」とあるとおり、この曲はもともと、上のような上下2段の鍵盤をもつチェンバロで弾くために書かれました。左右の手がそれぞれ別の段の鍵盤を弾くことで、手が交差するような難しい箇所も弾きやすくなります。

長いあいだ、この曲は一部の専門家に知られるだけの作品でした。

それを一気に有名にしたのが、カナダのピアニスト、グレン・グールドです。1955年、22歳の彼はデビュー録音にこの曲を選びました。チェンバロではなくピアノで、速いテンポで、一音一音を粒立てて弾く。録音は大きな話題を呼び、『ゴルトベルク変奏曲』は一躍、クラシックの名盤の定番になりました。

グールドは、亡くなる前年の1981年に、もう一度この曲を録音しています。1955年の録音より、はるかにゆっくりとしたテンポで。若いころの演奏と晩年の演奏を聴き比べられるのも、この曲の楽しみ方の一つです。

よくある質問

Q. 全部聴くとどのくらいかかりますか?
演奏によって大きく変わり、40分ほどから80分近くまであります。楽譜にある繰り返しを省くかどうかで長さが変わるためです。

Q. ピアノとチェンバロ、どちらで聴くのがいいですか?
どちらでもかまいません。最初の1枚なら、話題になったグールドのピアノ演奏が手に取りやすいはずです。そのあとでチェンバロの演奏を聴くと、同じ曲がまったく違う響きに聞こえます。

まとめ

  • 『ゴルトベルク変奏曲』はアリアと30の変奏、最後のアリアの計32曲からなり、アリアは32小節
  • 「眠れない伯爵のために書かれた」という話は、死後50年あまりたって出た伝記によるもので、確証はない
  • 変奏で受け継がれるのは旋律ではなく、低音と和音の骨組み
  • 3曲ごとにカノンが置かれ、最後の第30変奏では俗謡を組み合わせて遊んでいる
  • 1955年のグレン・グールドの録音で、広く知られるようになった

今夜、眠る前に、最初のアリアと最後のアリアだけを続けて聴いてみてください。音はまったく同じなのに、30の変奏を通ってきたあとでは、同じには聞こえないはずです。

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