『動物の謝肉祭』の楽譜の表紙。作曲者が亡くなった翌年の1922年に出版された(フランス国立図書館) 『動物の謝肉祭』は、かわいい動物の音楽
賠償金は1ファージング——ホイッスラーが「絵の具の壺を投げつけた」と書いた批評家ラスキンを訴えた日
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー『黒と金のノクターン——落下する花火』1875年ごろ、デトロイト美術館 椅子に横向きに座った、黒い服の
失恋した若者が、アヘンの夢で断頭台へ——ベルリオーズ『幻想交響曲』と、5つの楽章を貫く「恋人の旋律」
ベルリオーズ自筆の『幻想交響曲』の表紙。「ある芸術家の生涯のエピソード」「5部からなる」と書かれている 1827年9月、パリのオデオン座。
1765年、暦の交換会から「錦絵」が生まれた——鈴木春信が浮世絵をフルカラーにするまで
鈴木春信『坐鋪八景 塗桶の暮雪』1766年ごろ。白い部分は紙を凹凸に押し出して表している 1765年、明和2年。江戸の浮世絵は、この1年を
『荒城の月』の楽譜からシャープが1つ消えたのはなぜか——23歳で世を去った滝廉太郎と、山田耕筰の編曲
大分県竹田市の岡城跡。滝廉太郎が『荒城の月』を作曲するとき思い描いたといわれる城の一つ 『荒城の月』は、たぶん日本でいちばん有名な「暗い歌
ロココ美術とは?フラゴナール『ぶらんこ』の飛んでいく靴から読む、18世紀フランスの「軽さ」
ジャン=オノレ・フラゴナール『ぶらんこ』1767年ごろ、ウォレス・コレクション(ロンドン) 森の奥、木漏れ日の中で、ピンクのドレスの女性が
サックスは金属なのに木管楽器——アドルフ・サックスが発明した「どっちつかず」の楽器と、裁判だらけの生涯
アドルフ・サックスが製作したアルト・サクソフォン(19世紀)、メトロポリタン美術館 サックスは、金管楽器ではありません。 金色に光る真鍮の
『麗子微笑』の手には青い実——岸田劉生が娘を「かわいく」描かなかった理由
岸田劉生『麗子微笑(青果持テル)』1921年、東京国立博物館 正直に言うと、初めて『麗子微笑』を見たとき、かわいいとは思いませんでした。
『G線上のアリア』はなぜ「G線」なのか?バッハの死から120年後に書き換えたヴァイオリニスト
『G線上のアリア』の原曲、管弦楽組曲第3番「エア」の第1ヴァイオリンの筆写譜 『G線上のアリア』。曲名は知っている。旋律も、たぶん頭の中で
肩紐が1本ずり落ちていた——サージェント『マダムX』と、パリを去った28歳の肖像画家
ジョン・シンガー・サージェント『マダムX(ゴートロー夫人の肖像)』1884年、メトロポリタン美術館 1884年5月、パリ。年に一度の官展「
『カノン』は8つの音を28回くり返す——パッヘルベルと、J-POPまで続く「カノン進行」
パッヘルベル『カノン』の筆写譜(19世紀の写し)、ベルリン国立図書館 結婚式で聴いた。卒業式でも、ドラマのBGMでも。 ゆっくりした低音の
河鍋暁斎とは?酔って描いた戯画で投獄された「画鬼」と、鹿鳴館を建てた英国人の弟子
河鍋暁斎『暁斎楽画 地獄太夫がいこつの遊戯ヲゆめに見る図』。骸骨たちの宴を夢に見る遊女 笞(むち)で50回。 明治3年(1870年)、一人
スーザフォンを作ったのはスーザではない——『星条旗よ永遠なれ』の「マーチ王」と、録音を嫌った楽隊長
ジョン・フィリップ・スーザ。1897年の肖像写真 スーザフォンは、スーザが作った楽器ではありません。 マーチングバンドの最後列で、金色の大
1940年、犬を連れた少年たちが降りた穴——ラスコー洞窟壁画、1万7000年前の動物たちの見方
ラスコー洞窟「牡牛の広間」の壁画。大きな黒い牛の角と、赤い鹿が重なる 1940年9月、フランス南西部の小さな町モンティニャック。 18歳の
「ドレミ」は誰が作ったのか?1000年前の修道士グイードと、賛美歌の歌い出し
修道士グイード(左)と、アレッツォの司教テオダルドゥス(右)を描いた中世の写本 ドレミファソラシド。 日本の子どもは、小学校に上がる前から


















