クリエイティブな仕事につくためには?面白い経歴の先輩クリエイターにインタビュー
ある日の昼下がりツイッターをみていたら、
「世の中の絵を描いてご飯を食べている人たちがいつ絵に目覚めたとか、何歳で本を出せたかとかそういうのの年表やインタビュー集が読んでみたい。特に遅咲きで学校にも行ってない人のが見たい。心の支えと参考にしたい」
っていうツイートが流れてきて、ああ、なるほど、なんかすごいわかる。それは私も読んでみたいし、ものすごく励みになるものなんじゃ?ここでそういった面白い経歴のクリエイターのインタビューを取り上げていけたらいいなとあらためて思ったわけです。
私は多分普通の人よりも、我慢ができない体質なんでしょう。社会に出てから派遣やバイト合わせて20社くらいの企業を見てきました。そこで出会ったたくさんの人達。
デザイナー、カメラマン、コピーライター、イラストレーター、いろんなクリエイターがいて、彼らの経歴は必ずしも美大を卒業してストレートでクリエイターになったという経歴の人ばかりではありません。
いずれは、インタビュー形式で詳しく取り上げていこうと思っておりますが、今回は実名を伏せて私が出会った面白い経歴の先輩クリエイターを紹介したいと思います。もし今、経験がないからと挑戦することに迷ってる人がいるならばぜひ参考にしてほしいです。
その1 : アートディレクターSさんの場合
彼は新卒で入った会社の一番最初の上司。厳しくて、大っ嫌いだったのですが(今はとても尊敬しております。笑) ショートカットの使い方からフォントの選び方、デザインのテイストまで、今の自分の基盤は全てこの人が元になっていると思います。
最後までずっと同じチームだったため、退職するまでの二年間、本当に濃い時間を共に過ごしました。入社して1年が経過した頃、初めてSさんが自分の経歴について語ってくれたのを覚えてます。
Hamaji : Sさんて何歳からデザイン始めたんですか?
Sさん : 俺?27だよ。
Hamaji : え、意外と遅かったんですね。美大卒なのかと思ってた。
Sさん : いやいや。デザイン学校とか行ってないし。ふつーに大学卒業して一般企業入社して、毎日つまらんなって思ってて。ファッションとか好きだったから、27の時にウエディング系の小さい雑誌作ってる会社に飛び込みで入って。
毎日、記事広(記事広告のこと)作らされてたわ。取材行って記事起こして写真撮ってレイアウトして。その繰り返し。あんだけやってたら嫌でもスキルアップするわ。
Hamaji : そうだったんだ。。んで今33歳でアートディレクターか。今2社目?すごいっすね。大出世じゃないすか。
Sさん : いや、今は厳密にいうと2社目なんだけど、30でその会社やめてそのあとはずっとデザイナー派遣。この会社も最初は派遣で入って、スカウトみたいな感じで正社になった。
Hamaji : え、初耳。入社1年にして初めて知った。それ。
Sさん : だからまあね、美大卒のデザインちょっとかじってきただけのいきがってるお前みたいな新卒見てるとイライラするわけよ。口より手を動かせってね。
Hamaji : イラっ。すみません。。頑張ります。
深夜のラーメン屋でこんな会話が繰り広げられました。それまでずっとエリート街道を歩んできたと思っていたので、このエピソードは深く心に残っております。当時の会社で、一番の売り上げを誇っていたのは美大卒、デザイン専門学校卒の上司ではなく、飛び込みでデザインを始め、頑張ってきたSさんでした。
彼の言葉でもう一つ忘れられないのは、
「デザイナーは30代から楽しくなる。今苦しいからって辞めるなよ」
当時22歳だった私には遠い未来すぎてよく理解できてませんでしたが、今、当時の彼と同じ年齢に近づいて、すごく実感しています。確かに今やっとデザインが楽しくなってきました。元気かな。
その2 : グラフィックデザイナーNさんの場合
彼女は2社目の会社で寝食を共にした戦友デザイナーです。会社立ち上げの際の顔合わせで、強烈なメイクと衣装で現れ度肝を抜かれました。タイプが違いすぎて、最初は仲良くなれるのか不安を抱きましたが、最終的に一番仲良くなってました。
当時から流行に敏感でファッショナブルなNさんは私の1歳上で、ファッションブランドのグラフィックデザイナーという経歴の持ち主。
Hamaji : Nさんってやっぱ美大卒?
Nさん : いや、私の格好見てよ。笑 ファッション専門学校卒。
Hamaji : ああーなるほど!なんか腑に落ちる。笑
Nさん : でも高校卒業してそのままファッション系進んだわけじゃないよー
Hamaji : あ、そうなんだ。どこ行ったの?
Nさん : 東○大(名門大学です)
Hamaji : え、まじ?え、Nさんて頭いいの??(失礼) すごくない?
Nさん : うるさいわ。笑 めっちゃ勉強して東○大入ったんだけどね。やっぱ好きなことじゃないから飽きちゃって。それで途中でやめてファッション系に進んだんだわ。
でも、ファッション業界って意外と大変でしょう?給料は安いし、一流になるまではほんと大変。それで、独学でイラレやフォトショップ勉強して、グラフィックデザイナーになった。
Hamaji : …。Nさんってめっちゃ努力家だよね。それ見せないとこがかっこいい。しっかり遊んで、しっかり仕事して。尊敬。
Nさん : 基本負けず嫌いだからね。誰にも文句言わせたくないから。笑 女だからこうだとか、遊んでるからこうなったとか、美大行ってないからこうだとか。あとで言われないためにしっかり勉強すんねん。
寝袋にくるまって真夜中の会社で繰り広げたこの会話、未だに忘れられません。姉御、ついていきます!と思った。仕事だけに没頭して他が疎かになる自分に反して、Nさんはどんなに忙しくても友達や彼氏と遊ぶことを忘れませんでした。そしてそのぶん効率よく仕事を仕上げる。
学ぶ姿勢も素晴らしく、空き時間があると常に新しい技術の勉強、情報収集。今はママになりましたが、出産一年後にはデザイナー復帰して子育てと仕事を両立するスーパーママデザイナー。好きなことを追求し続けても、不可能はないということを教えてくれました。
その3 : カメラマンKさんの場合
彼は派遣で半年間お世話になった企業で一緒に仕事をしたカメラマン。アフロヘアに、やる気がなさそーうな雰囲気。このカメラマンで大丈夫かしらと不安になる風貌でした。笑 派遣先の仕事はとにかく撮影が多く、派遣の私も何度も撮影に同行させていただきました。
めまぐるいスケジュールの中、毎回わがままなお願いを全て叶えてくれたのがKさん。当時42歳。風貌は怪しくても腕は一流でした。出張の新幹線で隣の席になり、駅弁を食べながらいろんな話をしました。
Hamaji : Kさんはいつからカメラマンに?
Kさん : んー確か30くらいかなー?あんま覚えてないやー。
Hamaji : ええ!?それまでは普通のサラリーマンとか?
Kさん : いや。旅人。旅人っていうとかっこいいな。笑
Hamaji : うわーなんか想像つく。インドとかにいそう。笑
Kさん : ああ、行ったねえ。色々行ったわ。働くのとか嫌だったし。20代はほとんど旅してたかなあ。
あ、ちゃんと自分のお金よ?5ヶ月バイトしまくってお金貯めて旅して、お金なくなったら帰ってきてみたいなのの繰り返し。世界は広いからねー。旅しなさいな。若いんだから。
Hamaji : でもなんでそれからカメラマンになったんですか?
Kさん : 今みたいに、写メとかSNSもなかったんだけどさ。旅行先で出会った人の写真撮るの好きだったんだよね。それをコンテストみたいなのに応募してて。そこで生まれて初めて賞もらったんだよね。そのコンテストの審査員してたのが俺の師匠。小さい賞だったんだけど、その審査員がなぜか俺の写真絶賛してくれたんだよね。人に褒められることなんかなかったから嬉しくて。笑
旅行生活やめて、飛び込みでその人のアシスタントになった。今でいうスタジオマンみたいな感じでほんとスパルタだったけど、楽しかったんだよな。毎日。周りみんな年下だったけど、全然気になんなかった。俺に写真は合ってたんだろな。んで35歳で独立して今。
Hamaji : へええええ!!すごい、面白い。笑
Kさん : まあ実際今やってる仕事内容は、物撮りだったりがほとんどだけどね。空いた時間で旅行行っていまだに昔みたいな写真撮り続けてるし、これはもうライフワークかな。
彼の経歴はほんと面白いなーと思いました。好きこそものの上手なれってことわざがありますが。ほんと写真が好きなんだろうなと強く思ったのを覚えてます。どんなに撮影が押しても嫌な顔一つしなかったし、どんな難しい要望にもおおこうなるんだ、面白いねと答えてくれる人でした。彼の言葉通り、カメラマンという仕事は天職だったのだと思います。
その4 : コピーライターYさんの場合
彼女も先ほどのKさんと同じく、派遣先でお世話になったコピーライター。同じチームでタッグを組んで取材などに同行していたので、思い出深い人です。当時で多分40代でしょうか?しっかりした年齢は覚えておりませんが、ポジティブで、明るいキャラクターの彼女が大好きでした。1児の母。小学校高学年くらいのお子さんがおりました。よく一緒にランチに連れて行ってもらいました。
Hamaji : Yさんてお子さん出産した時はやっぱ仕事辞めたんですか?
Yさん : え?そもそも私ね、ライター始めたのは子供産んでからなのよ。笑
Hamaji : えええ!そりゃ初耳。出産後になんでまたこんな忙しい業界に、、!
Yさん : あはは!確かに!20代前半はずっと事務の仕事しててね。結婚した後はバイト的な感じで校閲の仕事始めたの。
Hamaji : おお、校閲!それはまたレアな仕事に行きましたね。笑
Yさん : みんなに言われる。笑 でも好きだったのよ、校閲の仕事が。笑 そんでいろんな原稿見てる間に、この原稿作る側になりたいとか思ったわけ。
Hamaji : 興味深い。なんで?
Yさん : すごいじゃん、文章って。コピーの力って。たった一つの記事やたった1行のコピーが人の心動かしたりすんだよ?それまで夢とかなかったんだけど、こういう仕事がしたいって初めて思ったのよ。
Hamaji : なるほどねーー。でも結婚後とか始めるの大変そうだけども。
Yさん : まあね。ライターの勉強始めようって時に妊娠わかって一回は諦めたけど。子育てしながら勉強したり、コピーライター養成講座も通って。ずっと貯めてた自分の貯金で勉強したから夫にも文句ひとつ言わせなかったしね。笑
Hamaji : さすが、つよいですね。
Yさん : んで子供がちょっと大きくなってから今の会社入ったの。初めての会社だからね。コピーライターとしては。よくこの歳で採用してくれたなって思ったよ。子供もいるし。ここの社長さんが女性なのも大きいかもね。ほんとありがたい。
Hamaji : すごいチャレンジ精神。。
Yさんはそこからずっとこの会社でコピーライター。毎朝子供のお弁当を作り、出社してしっかり定時で帰る。仕事っぷりも潔かったです。今でも理想の女性。子育てしながら好きなことなんてできないわよって声も多いですが。どうなんでしょうか?私は子供がいないから偉そうなことは言えないし、もちろん周りの人の協力あってのことではあると思いますが。あとはやり方と情熱次第のような気がします。
以上、私が出会った4名の先輩クリエイターの経歴でした。パイセン達、無許可ですみません。笑 でもいい人達だから大丈夫だと思います。記憶なのでそのまんまの会話収録ではないのですがね。
このエピソードは彼らとの思い出の中でもすごく強烈で、当時の日記にも細かく記されていたのでほぼこんな感じだったと思います。
そして、有名どころで思い出したのはこの5人。
Vincent Van Gogh (1853年~1890年)
私の大好きな画家・ゴッホ。元は牧師を目指していたそうです。が、奇行が原因となり伝道師の仮免許を剥奪され、挫折。
絵を始めたのはその後の26歳から。37歳で自殺するまで数多くの作品を残しましたが生前売れることはありませんでした。死後60年以上を経て作品が世に認められ、後世の画家たちに多大な影響を与えました。
伊能忠敬(1745年~1818年)
歴史の授業でおなじみ。はじめて実測による正確な日本地図を作成した伊能忠敬は、55歳から71歳までの17年間全国各地を測量し、国家的な大事業である大日本沿海輿地全図を完成。歴史苦手だったけど、このエピソードは強烈に覚えてます。
Emily Kame Kngwarreye(1910年~1996年)
オーストラリアの先住民・アボリジニの画家エミリー・ウングワレー。彼女も大好きな画家です。正規の美術教育を受けたことは一度もなく学校にすら行っておりません。70を過ぎてから絵を描き始め、死去するまでの8年で3000点以上の作品を残しました。
Alan Rickman (1946年~2016年)
一昨年亡くなったハリポタシリーズのスネイプ先生でおなじみ、名優アラン・リックマン。
元はグラフィックデザイナーでしたが演劇に目覚め、26歳で演技を学び始めました。売れ始めたのはその十数年後から。
Stephen Willam Hawking (1942年~2018年)
先日亡くなってしまいましたが、天才理論物理学者・ホーキング博士。一般相対性理論と関わる分野で理論的研究を前進させ、1963年にブラックホールの特異点定理を発表し世界的に名前を知らしめました。
学生の頃に、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症。発症から5年程度で死に至る病気と言われてましたが、50年以上も健在であり、様々な研究を続けておりました。驚いたのは、天才が開花したのはALS発症後だったという事実。
どうでしょう?ここに紹介しているのはほんの一部の事例にすぎません。
It’s Never too late to do something !!
初めて一人で行った海外で、英語の勉強にギブアップ気味だった私にルームメイトが言ってくれた言葉です。
何かを始めるのに、遅すぎることはない。という意味。毎日のように言ってくれたので、よっぽど喋れてなかったのでしょう。笑 最近、同じようなことを言われてふと思い出しました。
本当にそう思います。成功するための本、偉人のインタビューを見てるとほとんど同じことが記されているので。
行動することと、継続すること。早いとか遅いとかじゃない。先輩達の経歴を振り返って、あらためて思いました。そんなかんじで、とりあえずなにかやりたいことはじめてみましょう。
では。