サックスは金属なのに木管楽器——アドルフ・サックスが発明した「どっちつかず」の楽器と、裁判だらけの生涯

アドルフ・サックスが製作したアルト・サクソフォン(19世紀)、メトロポリタン美術館
アドルフ・サックスが製作したアルト・サクソフォン(19世紀)、メトロポリタン美術館

サックスは、金管楽器ではありません。

金色に光る真鍮の管。トランペットやトロンボーンと並んで、ジャズバンドの前列に立つ姿。どう見ても金管の仲間です。それでも楽器の分類では、サクソフォンはフルートやクラリネットと同じ「木管楽器」に入ります。

理由は、材質ではなく、音の出し方にあります。

そしてこの「金属なのに木管」という中途半端さこそ、ベルギー生まれの発明家アドルフ・サックスが狙ったものでした。

サックスが木管楽器に分類される、たった一つの理由

クラリネットのマウスピースとリード。サクソフォンも同じしくみで音を出す(Photo: James Eaton-Lee, edited by Gisbert K / CC BY-SA 3.0)
クラリネットのマウスピースとリード。サクソフォンも同じしくみで音を出す(Photo: James Eaton-Lee, edited by Gisbert K / CC BY-SA 3.0)

管楽器の分類は、何でできているかでは決まりません。音がどこで生まれるかで決まります。

トランペットやホルンは、奏者が唇をマウスピースに当て、唇そのものを震わせて音を出します。だから金管楽器です。

サックスは違います。口にくわえる部分(マウスピース)に、葦(あし)の仲間の植物を薄く削った板が1枚取りつけてある。これが「リード」です。息を吹き込むと、このリードが細かく震えて音が生まれる。しくみは、クラリネットとまったく同じです。

フルートも、いまは多くが金属製です。それでも木管楽器に分類されます。同じ理屈です。

つまりサックスは、木管楽器の口と、金管楽器の体を持った楽器です。

「クラリネットのように動き、金管のように鳴る」——アドルフ・サックスの発明

アドルフ・サックス(1860年代)
アドルフ・サックス(1860年代)

アドルフ・サックスは1814年、ベルギーの町ディナンに生まれました。父は管楽器を作る職人で、幼いころから工房で楽器に囲まれて育ちます。

子ども時代の彼は、とにかく事故に遭う子でした。高いところから落ちて頭を打つ。針を飲み込む。火薬の爆発でやけどをする。川で溺れかける。母親が「この子は不幸を背負って生まれてきた」と嘆いたと伝えられます。

けれど大人になった彼は、楽器作りの天才でした。

20代でクラリネット、特に低音のバス・クラリネットの改良で名を上げます。そのうえで彼が考えたのは、オーケストラや軍楽隊の「すき間」でした。

当時の楽団では、木管楽器は動きが軽いけれど、音が小さい。金管楽器は音が大きいけれど、木管ほど細かく動けない。両者の音色も、うまく溶け合わない。

その間をつなぐ楽器があればいい。

クラリネットのリードと指づかいの軽さを持ち、金管のような力強さで鳴る楽器。サックスは真鍮で、先に行くほど広がる円すい形の管を作り、そこにリード付きのマウスピースを取りつけました。指で押さえるキーは、木管楽器のしくみを応用しています。

1842年、20代の終わりにパリへ出たサックスは、この新しい楽器を作曲家たちに聴かせて回ります。フランスの作曲家ベルリオーズは新聞に記事を書き、その音色を絶賛しました。

サックスが作ったのは、サクソフォンだけではありません。

同じころ、彼は金管楽器の改良にも取り組み、ピストンのついた新しい金管楽器のシリーズを作っています。こちらは「サクソルン」と呼ばれ、軍楽隊やブラスバンドで使われました。いまの吹奏楽で使われるユーフォニアムなどは、この系統につながる楽器です。

木管と金管、両方の世界に手を入れた職人。だからこそ、二つをつなぐ楽器を思いつけたのでしょう。

1846年、サックスはパリでこの楽器の特許を取ります。自分の名前をとって、名づけてサクソフォン。「サックスの音」という意味です。

特許、裁判、破産——成功した発明家の、苦い後半生

ここからが、苦労の始まりでした。

パリの楽器職人たちは、ベルギーから来た若い発明家を歓迎しませんでした。新しい楽器が軍楽隊に採用されれば、自分たちの仕事が減るからです。彼らは「サックスの楽器は自分たちの発明を盗んだものだ」と訴え、裁判を次々に起こしました。

1845年には、パリの練兵場で、サックスの楽器を使った楽隊と、昔ながらの編成の楽隊が、同じ曲を演奏して聴き比べる対決が行われたといわれます。勝ったのはサックスの側でした。フランス陸軍の軍楽隊に彼の楽器が採用され、サクソフォンは軍楽隊の楽器として広まっていきます。

それでも、裁判は終わりませんでした。

訴訟の費用はかさみ、サックスは生涯で何度も破産に追い込まれています。特許の期限が切れると、ほかの職人たちも自由にサクソフォンを作れるようになりました。1894年、サックスはパリで亡くなります。楽器は世界に広がっていたのに、本人の暮らしは豊かではありませんでした。

発明した楽器が、本当の主役になるのは、このあとです。

『ボレロ』からジャズへ——サックスが主役になった20世紀

クラシックのオーケストラは、最後までサックスを正式なメンバーに迎えませんでした。いまでも、交響曲の楽譜にサックスのパートがあることは多くありません。

それでも、作曲家たちはここぞという場面で使っています。ビゼーの『アルルの女』では、アルト・サックスがもの悲しい旋律を歌う。ラヴェルの『ボレロ』では、同じ旋律がさまざまな楽器に受け渡されていく途中で、テナー・サックスと、それより高い音のサックスが順番に登場します。ムソルグスキーの『展覧会の絵』のラヴェル編曲版でも、古城を描いた曲の旋律をアルト・サックスが担当しています。

本当の居場所を見つけたのは、20世紀のアメリカでした。

1920年代、ジャズバンドがサックスを手に取ります。金管ほど硬くなく、クラリネットより太く、人の声のように音をしゃくり上げたり、かすれさせたりできる。即興で「歌う」には、ぴったりの楽器でした。テナー・サックスのコールマン・ホーキンス、アルト・サックスのチャーリー・パーカー、そしてジョン・コルトレーン。ジャズの歴史を作った名前の多くが、サックス奏者です。

軍楽隊のすき間を埋めるために生まれた楽器が、100年後、いちばん自由な音楽の主役になった。私はこの逆転が、発明家サックスへのいちばんの報いだと思っています。

ベルギー・ディナンにあるアドルフ・サックスの像。ベンチに座り、サクソフォンを抱えている(Photo: Zeitblick / CC BY-SA 3.0)
ベルギー・ディナンにあるアドルフ・サックスの像。ベンチに座り、サクソフォンを抱えている(Photo: Zeitblick / CC BY-SA 3.0)

故郷ディナンの町には、いまベンチに腰かけたサックスの像があります。サクソフォンを抱え、通りを眺めている。かつてベルギーの200フラン紙幣にも、彼の肖像が使われていました。

よくある質問

Q. サックスにはどんな種類がありますか?
よく使われるのは、高いほうからソプラノ、アルト、テナー、バリトンの4種類です。初心者が最初に手にすることが多いのはアルト・サックスです。

Q. サックスは発明されてからどれくらいの歴史がありますか?
特許が取られたのは1846年です。ヴァイオリンやピアノに比べると、ずっと新しい楽器です。

まとめ

  • サックスはリードを震わせて音を出すので、金属製でも「木管楽器」に分類される
  • 発明者はベルギー生まれのアドルフ・サックス。1846年にパリで特許を取った
  • 軍楽隊には採用されたが、ライバルとの裁判が続き、本人は何度も破産した
  • オーケストラでは脇役のままだったが、20世紀のジャズで主役の楽器になった

今夜1曲だけ聴くなら、ラヴェル『ボレロ』を。曲の中ほどで、テナー・サックスが旋律を受け取ります。クラリネットの軽さと、金管の太さが一つの楽器に同居している音が、そこではっきり聞こえます。

関連アイテム

この記事に関連する本・アルバムはこちらから探せます。

※当サイトはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です。適格販売により収入を得ています。