1879年、移民船が運んだ4本の弦——ウクレレがハワイの楽器になるまで

ギターとウクレレを持つハワイの女性音楽家とダンサーたち(1907年)
ギターとウクレレを持つハワイの女性音楽家とダンサーたち(1907年)

1879年8月23日。ホノルルの港に、1隻の帆船が入ってきました。

船の名はラヴェンズクラッグ号。大西洋に浮かぶポルトガル領マデイラ島を出てから、南米の南端を回り、4か月以上かけて太平洋を渡ってきた移民船です。乗っていたのは、ハワイのサトウキビ農園で働くためにやってきた400人あまりのポルトガル人でした。

長い航海が終わった喜びで、一人の男が、甲板で小さな弦楽器をかき鳴らしはじめます。

それが、ハワイで初めて鳴ったウクレレの祖先だと言われています。ウクレレは、南の島で生まれた楽器ではありません。船でやってきた「移民」でした。

ラヴェンズクラッグ号の甲板で鳴った、マデイラの小さな楽器

楽器を弾いたのは、ジョアン・フェルナンデスという若者だったと伝えられます。

弾いていたのは、マデイラ島で「ブラギーニャ」や「マシェーテ」と呼ばれる、4本弦の小型の楽器でした。ギターを小さく縮めたような形で、軽快に刻むリズムで島の民謡の伴奏をする。フェルナンデスが港で弾いた民謡に、集まったハワイの人々が聴き入ったという話が残っています。

数週間後には、ホノルルの新聞が、ポルトガル人の音楽家たちが通りで演奏会を開いていると伝えました。

3人の家具職人が、ハワイの木で作りはじめた

同じ船には、マヌエル・ヌネス、アウグスト・ディアス、ジョゼ・ド・エスピリト・サントという3人の男が乗っていました。

本業は家具職人です。

農園での契約労働を終えた彼らは、1880年代にホノルルで店を開き、マデイラの楽器をハワイで作りはじめます。材料には、ハワイ固有の「コア」という木を使いました。赤みを帯びた、つやのある木目の堅い木です。

こうして生まれた小さな4弦楽器は、マデイラのものとは少し違う、ハワイの楽器になっていきました。チューニングは、同じマデイラ島の5弦の楽器「ラジャオン」から取られたと考えられています。

「跳ねるノミ」か、「やって来た贈り物」か——ウクレレという名前の謎

ハワイ語の「ウクレレ」は、「ウク(ノミ)」と「レレ(跳ねる)」を組み合わせた言葉です。

つまり「跳ねるノミ」。

小さな楽器の上を、弾き手の指がノミのようにぴょんぴょん跳ね回る様子から、この名がついたと説明されることが多い。宮廷に出入りしていた小柄なイギリス人の軍人が、この楽器を器用に弾きこなし、「ノミ」とあだ名されていたから、という説もあります。

ハワイ王国最後の女王リリウオカラニは、別の読み方を示しました。「ウク」には贈り物、「レレ」にはやって来るという意味もある。ウクレレとは「ここにやって来た贈り物」だ、と。

どちらが正しいのかは、わかっていません。私は、女王の説を信じたい気持ちです。

陽気な王様カラカウアは、宮廷のパーティーでウクレレを鳴らした

ハワイ王国第7代国王カラカウア
ハワイ王国第7代国王カラカウア

ウクレレをハワイの「国の楽器」に押し上げたのは、国王カラカウアでした。

1874年に即位した彼は、「陽気な君主(メリー・モナーク)」と呼ばれた王です。音楽と踊りを愛し、宮廷のパーティーでは自らウクレレを手にしたといいます。

カラカウアには、もう一つ大きな仕事がありました。フラの復活です。

19世紀のハワイでは、キリスト教の宣教師たちが、伝統の踊りフラを「みだら」として抑えこんでいました。カラカウアは宮廷の祝典でフラを堂々と披露させます。その伴奏に使われたのが、ウクレレでした。移民の楽器と、ハワイの伝統の踊りが、王の前で一つになったわけです。

ちなみにカラカウアは、1881年に世界一周の旅の途中で日本を訪れ、明治天皇と会見しています。外国の国家元首として、初めての来日でした。

1915年、サンフランシスコ

1893年、ハワイ王国は倒され、やがてアメリカに併合されます。ところがウクレレは、ここから逆に世界へ広がっていきました。

きっかけは1915年、サンフランシスコで開かれたパナマ太平洋万国博覧会です。ハワイ館では連日、ウクレレとスチールギターの演奏とフラが披露され、大勢の来場者を集めました。

この博覧会のあと、アメリカ本土でハワイ音楽のブームが起きます。ハワイを題材にしたポピュラーソングが次々に作られ、本土の楽器メーカーもウクレレを大量に作りはじめました。安くて小さく、すぐに弾ける楽器。若者たちが持ち歩く、流行の道具になっていきます。

ホノルルの音楽家アーネスト・K・カアイの店の新聞広告。ウクレレを買うと個人レッスンが無料でついた
ホノルルの音楽家アーネスト・K・カアイの店の新聞広告。ウクレレを買うと個人レッスンが無料でついた

4本の弦のうち、いちばん上が「高いソ」——ウクレレの明るい音の秘密

ウクレレの音が明るく、軽やかに聞こえる理由は、チューニングにあります。

4本の弦は、上から「ソ・ド・ミ・ラ」。ここまではよくある並びです。ところが、いちばん上のソが、2本目のドより高い音に合わせてある。低い音から順に並ばず、一度上に跳ねてから戻る並び方です。

そのため、ウクレレには極端に低い音がありません。和音を鳴らしても重くならず、4本の弦がきらきらと近い高さで響き合う。ギターのように低音でどっしり支えるのではなく、真ん中から上だけで鳴る楽器です。

ウクレレのサイズは4種類

ソプラノ・ウクレレ(Photo: Zapyon / CC BY-SA 4.0)
ソプラノ・ウクレレ(Photo: Zapyon / CC BY-SA 4.0)

いま一般的なウクレレは、大きさで4つに分かれます。

  • ソプラノ:いちばん小さく、全長50センチ台。昔ながらの軽い音で、ウクレレと聞いて思い浮かべる形
  • コンサート:ソプラノより一回り大きい。弦の間隔にゆとりがあり、初心者にも押さえやすい
  • テナー:さらに大きく、音量と響きが豊か。ソロ演奏をするプロに好まれる
  • バリトン:いちばん大きく、ギターの細い4本の弦と同じ調弦。低い音も出る

初めての1本には、ソプラノかコンサートが選ばれることが多いようです。

日本のウクレレは、ハワイ生まれの兄弟から始まった

日本でウクレレが広まったのは、1920〜30年代のハワイアン音楽ブームからです。

中心にいたのは、ハワイ生まれの日系人、灰田有紀彦と灰田勝彦の兄弟でした。兄がバンドを率いて演奏し、弟が歌う。戦後もハワイアン音楽は根強い人気を保ち、ウクレレは日本の家庭にも入っていきます。

ザ・ドリフターズの高木ブーのように、ウクレレの名手として知られる人も現れました。2000年代以降は、手軽に始められる楽器として、大人の趣味の定番にもなっています。

よくある質問

Q. ウクレレはギターより簡単ですか?
弦が4本でナイロンなどのやわらかい素材のため、指が痛くなりにくく、押さえる和音もシンプルなものが多いです。最初の数曲までの距離が短い楽器と言われます。

Q. ハワイの音楽を聴くなら、何から始めればいいですか?
ハワイの歌手イズラエル・カマカヴィヴォオレが、ウクレレ1本で歌った『虹の彼方に』のメドレーが入門にぴったりです。映画やCMでも使われ、ウクレレの素朴な響きがよくわかります。

まとめ:ウクレレは、海を渡ってきた楽器

  • 1879年、マデイラ島からの移民船ラヴェンズクラッグ号が、ウクレレの祖先をハワイに運んだ
  • 同じ船の家具職人3人が、ハワイの木「コア」で楽器を作りはじめた
  • 名前は「跳ねるノミ」とも「やって来た贈り物」とも言われる
  • 国王カラカウアがフラの復活とともに広め、1915年の万博で世界に知られた
  • いちばん上の弦が高い「ソ」になるチューニングが、明るく軽い音の秘密

今日やることは一つです。ウクレレの演奏を1曲聴くとき、いちばん上の弦の「高いソ」を探してみてください。和音の中で、ひときわ高く跳ねる音が聞こえたら、それが1879年の船の上から鳴り続けている音です。

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