『モルダウ』はなぜ2本のフルートから始まるのか?耳を失った年にスメタナが描いた、川の一生

チェコ南部の森を流れる「温かいヴルタヴァ」。もう一つの源流と合わさって、モルダウ(ヴルタヴァ)川になる(Photo: Studentík / CC BY-SA 4.0)
チェコ南部の森を流れる「温かいヴルタヴァ」。もう一つの源流と合わさって、モルダウ(ヴルタヴァ)川になる(Photo: Studentík / CC BY-SA 4.0)

1874年の秋、プラハ。50歳になったベドルジハ・スメタナの耳の奥で、高い音が鳴りやまなくなっていました。

ピーという、笛のような音。外の音は少しずつ遠のき、その年のうちに、彼はほとんど何も聞こえなくなります。劇場の指揮者の仕事も、手放すしかありませんでした。

ところが、その同じ年の終わり、彼は3週間ほどで1曲の管弦楽曲を書き上げます。

ボヘミアの森に湧く小さな泉が、川となってプラハへ流れていく10分あまりの音楽。日本では『モルダウ』の名で知られる曲です。

その曲は、2本のフルートの、細いささやきから始まります。

2つの泉から、1本の川へ——冒頭のフルートとクラリネット

まず、題名の話から。

「モルダウ」は、この川のドイツ語の呼び名です。チェコ語では「ヴルタヴァ」。スメタナがつけた題もヴルタヴァで、日本ではドイツ語名のほうが広まりました。

ヴルタヴァ川は、チェコ南部の深い森に源を持っています。源流は2つ。「温かいヴルタヴァ」と「冷たいヴルタヴァ」と呼ばれる2本の流れが、やがて合わさって1本の川になる。

曲の冒頭で鳴る2本のフルートは、この2つの泉です。

1本目のフルートが、さらさらと湧き出るような細かい音をくり返す。そこへ2本目のフルートが、少しずれて加わる。弦楽器が、ぽつり、ぽつりと指で弦をはじいて、水のしずくを添えます。やがてクラリネットが合流して、流れは太くなっていきます。

スメタナは楽譜に、場面ごとの説明を書き添えていました。曲の行き先は、作曲者自身の言葉で残っています。

流れがひとつにまとまったところで、あの有名な旋律が、ヴァイオリンで歌い出されます。

ゆったりと波打つ、少し物悲しい旋律。ここで初めて、細い流れが「川」になります。日本では中学校の音楽の授業で聴いたり、歌詞をつけた合唱曲として歌ったりした人も多いはずです。

ちなみに、この旋律とよく似た節回しは、ヨーロッパの古い歌にもいくつか見つかります。スメタナがどこかで耳にした歌を下敷きにしたのか、偶然なのかは、はっきりしていません。

森の狩り、村の婚礼、月夜の水の精——川が見る景色

スメタナ。耳が聞こえなくなったあとも、作曲を続けた
スメタナ。耳が聞こえなくなったあとも、作曲を続けた

川は、流れながらいくつもの景色の横を通り過ぎていきます。

最初は、森の狩り。ホルンが勇ましく鳴り響き、角笛を吹いて獲物を追う狩人たちが、川岸を駆けていく。

次は、村の婚礼です。川べりの村で、農民たちが結婚の祝いにポルカを踊っている。チェコの民族舞曲ポルカの、2拍子の跳ねるようなリズムが聞こえてきます。

宴が遠ざかると、夜。

月の光が水面に落ち、水の精たちが輪になって踊る。弦楽器が静かに、きらめくような響きを重ね、木管楽器がそっと旋律をたどる。耳が聞こえない作曲家が、聞こえないまま書いた音とは、とても信じられない柔らかさです。

夜が明けると、川は再び主題の旋律を歌い、急流にさしかかります。

聖ヨハネの急流と呼ばれる、岩の多い難所。オーケストラ全体が激しく渦を巻き、シンバルが砕け散る。ここが曲のいちばんの山場です。

この急流は、実在の場所でした。プラハの南、川が深い谷を抜けるあたりにあった、舟乗りたちが恐れた難所です。20世紀に入ってダムが造られ、今では急流そのものは水の底に沈んでいます。スメタナが音にした荒々しい流れは、もう誰も見ることができません。楽譜の中にだけ、渦を巻いて残っています。

私は、この順番がよくできていると思います。静かな月夜の直後に、いちばん荒々しい急流が来る。聴き手は、川といっしょに、思わず身をこわばらせることになるからです。

急流を抜けると、川幅は一気に広がり、旋律は長調に変わって堂々と流れ出します。

その先に見えてくるのが、首都プラハでした。

ヴィシェフラドの岩山——6曲の連作『わが祖国』の中で

プラハのヴィシェフラドから見下ろしたヴルタヴァ川。遠くにプラハ城が見える
プラハのヴィシェフラドから見下ろしたヴルタヴァ川。遠くにプラハ城が見える

プラハの入口で、川はヴィシェフラドの岩山の下を流れます。

ヴィシェフラドは、チェコの古い伝説で、最初の王家の城があったとされる場所です。曲のこの場面では、金管楽器が、重々しい別の旋律を力強く鳴らします。

この旋律には、出どころがあります。

『モルダウ』は、スメタナが書いた6曲の連作交響詩『わが祖国』の、2曲目にあたる曲です。1曲目の題は『ヴィシェフラド』。あの岩山の城の、栄えた昔と、崩れ落ちた今を描いた曲でした。その1曲目の旋律が、ここで川の音楽に呼び戻されます。

連作の残りの4曲は、伝説の女戦士を描いた『シャールカ』、のどかな田園の『ボヘミアの森と草原から』、そして宗教戦争の戦士たちを描いた『ターボル』と『ブラニーク』。6曲をすべて書き終えたのは1879年、耳が聞こえなくなってから5年後のことです。

当時のチェコは、オーストリアの支配のもとにありました。役所や学校で使われるのはドイツ語。スメタナ自身、若いころはドイツ語で教育を受け、チェコ語を書く力は大人になってから磨いたと伝えられます。

その人が、自分たちの言葉の名前で、自分たちの川と伝説を音にした。

『わが祖国』は今も、チェコの人々にとって特別な曲です。プラハで毎年春に開かれる国際音楽祭「プラハの春」は、スメタナの命日にあたる5月12日に、この連作の演奏で幕を開けるのが習わしになっています。

耳鳴りは、弦楽四重奏の中にも書き込まれた

ヴィシェフラドの岩山とヴルタヴァ川
ヴィシェフラドの岩山とヴルタヴァ川

『モルダウ』では、川はプラハを抜け、さらに北へ、大河エルベへと消えていきます。曲は最後に、2つの強い和音で、ぴしゃりと終わります。

スメタナ自身の流れは、その後も穏やかではありませんでした。

1876年に書いた弦楽四重奏曲第1番『わが生涯より』では、終楽章の途中で、第1ヴァイオリンが高い音を長く引き伸ばす場面があります。耳が聞こえなくなる前に鳴り続けた、あの耳鳴りの音だとスメタナ自身が説明しています。

晩年は心身の病に苦しみ、1884年、60歳で世を去りました。眠っているのは、ヴィシェフラドの墓地。自分の曲で、川が通り過ぎていった岩山の上です。

よくある質問

Q. 『モルダウ』だけを聴いてもいいですか?
もちろんです。単独で演奏されることも多く、10分あまりで川の一生をたどれます。気に入ったら、1曲目の『ヴィシェフラド』を続けて聴くと、プラハの場面の旋律の出どころがわかります。

Q. 学校で歌った合唱曲の『モルダウ』と同じ曲ですか?
旋律は同じです。合唱曲は、スメタナの主題の旋律に日本語の歌詞をつけたもの。原曲は歌のないオーケストラの曲で、合唱で歌う部分は、川がひとつにまとまってから流れ出す、あの主題にあたります。

Q. スメタナの耳が聞こえなくなった原因は何ですか?
病気によるものとされていますが、当時の医療記録から確かなことを言うのは難しく、ここでは断定を避けます。

まとめ

  • 『モルダウ』は、スメタナの連作交響詩『わが祖国』の2曲目。チェコ語の題は「ヴルタヴァ」
  • 冒頭の2本のフルートは、川の2つの源流を表している
  • 狩り、村の婚礼、月夜の水の精、急流を通り、プラハのヴィシェフラドへ流れていく
  • スメタナは耳が聞こえなくなった1874年のうちに、この曲を書き上げた

聞こえない耳の奥で鳴り続けた、ピーという高い音。その年にスメタナが書いたのは、2本のフルートのささやきから始まる、川の音楽でした。

関連アイテム

この記事に関連する本・アルバムはこちらから探せます。

※当サイトはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です。適格販売により収入を得ています。