なぜオーケストラはオーボエの「ラ」で音を合わせるのか?開演前の30秒と、440ヘルツの決まり

オランダ・ハーグでリハーサル中の、日本のオーケストラのオーボエ奏者たち(Photo: Harry Pot / Anefo)
オランダ・ハーグでリハーサル中の、日本のオーケストラのオーボエ奏者たち(Photo: Harry Pot / Anefo)

あの「ぷわーん」は、いったい何なのか。

クラシックの演奏会に行くと、指揮者が出てくる前に、舞台の上で全員がばらばらに音を出し、やがて一つの長い音にまとまっていく時間があります。曲はまだ始まっていないのに、なぜか少し胸が高鳴る、あの30秒ほどです。

正体は「チューニング」。楽器の音の高さを、全員でそろえる作業です。

私も最初の演奏会で、あれを曲の始まりだと思って拍手しかけたことがあります。ところが、よく見ると決まりがある。最初に音を出すのは、いつも同じ楽器。そして、その音はいつも「ラ」です。

開演前の「ぷわーん」は、本番の一部ではない

チューニングの手順は、おおよそ決まっています。

楽団員が席につくと、コンサートマスター、つまり第1ヴァイオリンの先頭に座るリーダーが立ち上がります。それを合図に、オーボエ奏者が「ラ」の音を長く吹く。その音を聞いて、管楽器の奏者たちが自分の楽器の音を合わせ、続いて弦楽器が合わせていきます。順番や細かいやり方は、オーケストラによって少しずつ違います。

全員の音がそろうと、舞台は静まり、そこで初めて指揮者が登場する。

楽器の音の高さは、温度や湿度で変わります。舞台裏の控室と、照明で暖まった舞台の上とでは、同じ楽器でも音がずれる。だから本番の直前、舞台の上でもう一度そろえる必要があるのです。

では、なぜその基準がオーボエなのか。

なぜオーボエなのか——いちばん「融通がきかない」楽器

現代のオーボエ。先端に、2枚の葦を合わせた「リード」が差し込まれている(Photo: Hustvedt / CC BY-SA 3.0)
現代のオーボエ。先端に、2枚の葦を合わせた「リード」が差し込まれている(Photo: Hustvedt / CC BY-SA 3.0)

理由としてよく挙げられるのは、2つです。

1つ目は、音が通ること。オーボエは、葦(あし)を薄く削った2枚のリードを震わせて音を出す楽器です。その音は少し鼻にかかったような、輪郭のはっきりした響きで、大勢の楽器の中でもよく聞こえる。全員が聞き取らなければならない基準の音には、うってつけです。

2つ目は、その場で音の高さを大きく変えにくいこと。

弦楽器なら、糸巻きを回せば音の高さを自由に変えられます。フルートやクラリネットも、管の継ぎ目を少し抜き差しすれば調整できる。ところがオーボエは、こうした調整の幅が小さく、音の高さはリードの削り方や奏者の吹き方に大きく左右されます。

融通がきかない楽器に、ほかの全員が合わせる。そのほうが早くて確実です。

いちばん頑固な楽器が、いちばん偉い役を任されている。少しおかしな話ですが、理屈は通っています。

歴史的な事情もあります。オーケストラが形づくられた17〜18世紀、管楽器の中でオーボエは、ほとんどの編成に入っている定番の楽器でした。基準役を任されてきた伝統が、そのまま今に続いているわけです。

なぜ「ラ」なのか——弦楽器がみんな持っている音

次は、音のほうです。

ヴァイオリンには4本の弦があり、何も押さえずに弾くと、低い方から「ソ・レ・ラ・ミ」の音が出ます。ヴィオラとチェロは「ド・ソ・レ・ラ」。コントラバスは「ミ・ラ・レ・ソ」。

並べてみると、どの弦楽器にも「ラ」の弦があります。

弦楽器奏者は、オーボエの「ラ」を聞いてまずラの弦を合わせ、そこからほかの弦を順番に合わせていく。オーケストラの人数の大半を占める弦楽器にとって、いちばん合わせやすい音が「ラ」だったのです。

440ヘルツは、1939年にロンドンで決まった

ラの音を出す音叉。持ち手に「A 440」と刻まれている(Photo: Édouard Hue / CC BY-SA 3.0)
ラの音を出す音叉。持ち手に「A 440」と刻まれている(Photo: Édouard Hue / CC BY-SA 3.0)

では、その「ラ」はどれくらいの高さなのか。

音の高さは、1秒間に空気が何回震えるかで表します。単位はヘルツ。現在、基準の「ラ」は440ヘルツと決められています。時報の「ポッ、ポッ、ポッ、ピーン」の「ポッ」も、この高さの音です。

ところが、この基準は昔から決まっていたわけではありません。

19世紀までは、国や町、さらには劇場ごとに基準の高さがばらばらでした。ある町で作った管楽器が、別の町のオーケストラでは使えない、ということも起きた。しかも、華やかな響きを求めて、基準はじわじわと上がっていく傾向がありました。困ったのは歌手です。同じ曲でも、昔より高い声を出さなければならなくなるのですから。フランスは1859年に、ラを435ヘルツとする国の基準を定めています。

国際的にラを440ヘルツとすることが合意されたのは、1939年、ロンドンで開かれた国際会議でのこと。その後、1970年代には国際標準化機構の規格にもなりました。

音叉を発明したのは、ヘンデルのトランペット奏者

基準の音を持ち歩く道具が、上の写真の音叉(おんさ)です。

U字形の金属の棒で、軽くたたくと、いつも同じ高さの音が鳴る。発明したのは、18世紀のはじめ、イギリスのトランペット奏者ジョン・ショアだと伝えられます。作曲家ヘンデルの作品でもトランペットを吹いた名手でした。

300年前の楽器奏者の小さな発明は、今も楽器店で売られ、音楽室の引き出しに入っています。最近は電子チューナーを使う奏者も増えました。オーボエ奏者が、チューニングの前に譜面台のチューナーで自分の「ラ」をこっそり確かめている姿を見かけることもあります。全員の基準になる一音です。責任は重い。

例外もある——オーボエが基準にならない場面

バロック時代の形をしたオーボエ。キーは少なく、木の地肌のまま(メトロポリタン美術館所蔵)
バロック時代の形をしたオーボエ。キーは少なく、木の地肌のまま(メトロポリタン美術館所蔵)

決まりには、いくつか例外があります。演奏会で見かけたら、ちょっと得した気分になれるはずです。

  • ピアノ協奏曲:舞台にピアノがあるときは、ピアノの「ラ」が基準。ピアノはその場で調律し直せないので、オーボエもピアノに合わせる
  • 吹奏楽:管楽器だけの吹奏楽では、「シのフラット」で合わせることが多い。管楽器にとって出しやすい音だから
  • 古楽の演奏:バロック時代の楽器や奏法で演奏する団体は、440ヘルツより低い、415ヘルツ前後に合わせることがよくある
  • 日本のオーケストラ:440ヘルツより少し高い、442ヘルツ前後に合わせる団体が多いといわれる。少し高いほうが、響きが華やかに聞こえるため

基準は440でも、実際には団体ごとに少しずつ違う。それでも、その日、その舞台の上で全員が同じ音を共有する、という点だけは変わりません。

よくある質問

Q. チューニングの間に拍手をしてもいいですか?
チューニングの最中は拍手をしないのが一般的です。コンサートマスターが登場したときに拍手が起こることはあります。迷ったら、周りに合わせれば大丈夫です。

Q. オーケストラにオーボエがいない曲では、どうするのですか?
弦楽器だけの編成などでは、コンサートマスターのヴァイオリンが「ラ」を出して基準にするのが一般的です。

まとめ

  • チューニングでは、多くのオーケストラがオーボエの「ラ」を基準にする
  • オーボエが選ばれるのは、音がよく通り、その場で音の高さを変えにくいから
  • 「ラ」は、すべての弦楽器が持っている弦の音
  • 基準のラを440ヘルツとすることは、1939年のロンドンの国際会議で合意された
  • ピアノ協奏曲ではピアノが、吹奏楽では「シのフラット」が基準になる

次の演奏会では、指揮者が出てくる前の30秒に注目してください。コンサートマスターが立ち上がり、オーボエ奏者が息を吸う。その一音がホール全体に広がっていくのを聞き届けてから、本番の拍手に備えれば完璧です。

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