ニジェール発「砂漠のジミ・ヘンドリックス」、Mdou Moctarとは?

自転車のブレーキワイヤーを弦にして、自作のギターで練習していた少年がいます。数十年後、彼はアメリカの音楽メディアから「砂漠のジミ・ヘンドリックス」と呼ばれるギタリストになりました。西アフリカ・ニジェールのトゥアレグ族出身、Mdou Moctar(ムドゥ・モクタール)。中古のケータイやメモリーカードを通じて口コミで広まったという出自からして、他のロックスターとは経路が違います。
どんなミュージシャンか
Mdou Moctarは1984年、ニジェールのアバラク生まれ。本名はマハマドゥ・スレイマン。トゥアレグ族の家庭で育ち、宗教的な理由で電子楽器の演奏に家族から反対されたため、自転車のブレーキケーブルを弦にした手作りのギターで独学を始めたという逸話が知られています。タマシェク語で歌う彼の音楽は当初、ニジェールやマリの露天商が売る中古の携帯電話とメモリーカードを介して国内に広まりました。インターネットの配信網ではなく、人から人へ手渡しされるデータで有名になったという成り立ちです。
現在のバンド編成は、Mdou Moctar(ギター、ボーカル)、アムドゥ・マダサン(リズムギター)、ミッキー・コルタン(ベース、プロデュース)、スレイマン・イブラヒム(ドラム)の4人。2019年の『Ilana: The Creator』でフルバンド編成の作品を初めて発表し、2021年にはアメリカの名門インディーレーベル、マタドール・レコードから『Afrique Victime』をリリースしました。2024年には『Funeral for Justice』を発表しています。
トゥアレグ音楽という背景
トゥアレグ族はサハラ砂漠一帯を移動しながら生活してきた遊牧民族です。ニジェール、マリ、アルジェリアなど国境をまたいで暮らしており、その音楽は「アスーフ」や「デザートブルース」と呼ばれるジャンルの土台になっています。1980年代以降、独立や自治を求める運動の中で反乱軍の兵士たちが密輸されたギターを弾き始めたのが、この電化されたトゥアレグ音楽のルーツだと言われています。マリのアリ・ファルカ・トゥーレやティナリウェンといったアーティストが海外でも知られていますが、Mdou Moctarはその次の世代にあたります。
反復するリフの上に即興のフレーズを重ねていく構造は、伝統的な弦楽器の奏法をエレキギターに置き換えたものです。ロックの語法として聴くこともできますが、根っこにあるのは砂漠の遊牧文化そのものです。
音の特徴、誰に刺さるか
ギターの音色そのものは歪んだトーンで、速弾きのフレーズも飛び出しますが、いわゆる様式美的なギターヒーロー像とは違います。同じフレーズを執拗に反復しながら少しずつ変化させていく構造は、クラウトロックのミニマルな反復にも近いものがあります。そこにヴァン・ヘイレンのような手数の多いギターソロが乗ってくる瞬間、聴き手の予想を裏切ってきます。
洋楽の中でも「歪んだギターが延々と鳴り続ける高揚感」が好きな人、Tinariwenやアリ・ファルカ・トゥーレのようなアフリカのギター音楽を面白いと思ったことがある人には確実に刺さります。逆に、整った打ち込みサウンドやポップな展開を求めている人には、良くも悪くも荒々しすぎるかもしれません。歌詞はタマシェク語ですが、女性の権利や西アフリカが置かれてきた搾取的な状況を歌ったものも多く、言葉がわからなくても声の切実さは伝わってきます。
まず聴くべき曲
Mdou Moctarを知るなら、まずこの2曲から聴いてみてください。
「Afrique Victime」。2021年作『Afrique Victime』のタイトル曲で、静かなイントロから徐々に音数が増えていき、後半のギターソロで一気に爆発します。バンドの持ち味である「溜めて、放つ」構成がもっともわかりやすい一曲です。
「Chismiten」。もう少しストレートにロックしている曲で、リフの反復と歪んだギタートーンの気持ちよさが前面に出ています。初めて聴く人にはこちらの方がとっつきやすいかもしれません。
よくある質問
Q. Mdou Moctarはどこの国、どの民族の出身ですか?
西アフリカ・ニジェール出身で、サハラ砂漠一帯に暮らすトゥアレグ族です。タマシェク語で歌っています。
Q. どのアルバムから聴き始めるのがおすすめですか?
フルバンド編成になった2019年の『Ilana: The Creator』か、マタドール・レコードから出た2021年の『Afrique Victime』が入り口として聴きやすいです。
まとめ
- ニジェールのトゥアレグ族出身、自作ギターの独学から出発したギタリスト
- トゥアレグ音楽特有の反復するリフに、ヴァン・ヘイレン的な速弾きが乗る独特のスタイル
- 2021年『Afrique Victime』、2024年『Funeral for Justice』でまず音を確かめてみてほしい
「Afrique Victime」のギターソロが始まる瞬間だけでも、一度聴いてみてください。
