ネロが最後に見た絵は何だったのか?『フランダースの犬』とルーベンスの祭壇画

クリスマスの前の晩。雪の降る夜の大聖堂に、少年と老いた犬が入っていく。
いつもは幕で覆われている2枚の大きな絵が、その夜に限って、むき出しになっていました。雲が切れ、月の光が差しこむ。少年は、ずっと見たかった絵の前にひざまずきます。翌朝、少年と犬は、寄り添ったまま冷たくなって見つかりました。
『フランダースの犬』の最後の場面です。
日本では1975年のテレビアニメで広く知られ、最終回で泣いた記憶のある人も多いはずです。では、ネロが命と引きかえに見た「2枚の絵」を、実際に見たことはありますか。
絵は今も、同じ大聖堂に掛かっています。
『フランダースの犬』はイギリス人が書いた小説で、舞台はアントワープ
原作は1872年、イギリスの作家ウィーダが書いた短い小説です。
舞台はベルギー北部、フランドル地方の港町アントワープと、その近くの村。貧しい少年ネロは、祖父と、拾ってきた大きな犬パトラッシュと暮らしながら、牛乳を町へ運ぶ仕事をしています。夢は画家になること。
ネロには、どうしても見たい絵がありました。
アントワープの大聖堂にある、ルーベンスの2枚の祭壇画です。ところが絵はふだん幕で覆われていて、見るにはお金を払わなければならない。小説の中で、ネロはその銀貨を持っていません。絵の描かれた場所の前を、毎日のように通りながら、一度も見ることができないのです。
小説に登場するのは、『キリスト昇架』と『キリスト降架』。十字架が立てられる場面と、十字架から降ろされる場面を描いた2点です。
画家ルーベンスは、外交官でもあった

ピーテル・パウル・ルーベンスは1577年に生まれ、少年時代からアントワープで育ちました。
20代の8年間をイタリアで過ごし、ミケランジェロやティツィアーノ、カラヴァッジョの絵を学びます。帰国すると、たちまちフランドル随一の画家になりました。ネーデルラントを治める大公夫妻の宮廷画家となり、大きな工房を構えて、弟子や助手と一緒に膨大な数の注文をこなします。のちに肖像画で名を上げるヴァン・ダイクも、若いころこの工房の助手でした。
ルーベンスの仕事は、絵だけではありませんでした。
何か国語も話せる教養人だった彼は、外交官としてスペインとイギリスの和平交渉にも当たっています。その功績で、イギリス王チャールズ1世とスペイン王フェリペ4世の両方から騎士の称号を受けました。
アトリエを訪ねた人の記録が残っています。ルーベンスは絵を描きながら、朗読係にローマの歴史書を読ませて聞き、同時に手紙を口述していた。上の自画像は、王子時代ののちのチャールズ1世に求められて描いたものです。
画家として、これ以上ないほど成功した人でした。ネロとは正反対です。
ルーベンス『キリスト昇架』——十字架を起こす男たちの筋肉

先に描かれたのは『キリスト昇架』です。イタリアから帰って2年ほどの1610年、30代前半のルーベンスが手がけました。もともとは町の別の教会のために描かれ、のちに大聖堂へ移されています。
中央の画面を、左下から右上へ、十字架が斜めに貫いています。
キリストが打ちつけられた重い十字架を、男たちが全身の力で引き起こそうとしている。綱を引く者、肩で押し上げる者、下から支える者。盛り上がった背中と腕の筋肉が、十字架の重さをそのまま伝えてきます。イタリアで見たミケランジェロの人体表現が、ここで北の国の祭壇画に持ちこまれました。
じっと止まった聖人ではなく、動いている瞬間の人間。この斜めの構図と力の表現が、「バロック」と呼ばれる時代の絵画の特徴になっていきます。
ルーベンス『キリスト降架』——白い布を、歯でくわえている男がいる
1枚目の画像に戻ります。こちらが『キリスト降架』。1611年から14年にかけて、大聖堂の礼拝堂のために、火縄銃手の組合が注文した祭壇画です。
『昇架』とは対照的に、画面は静かです。
十字架から降ろされるキリストの体を、白い布が包んでいます。布は右上から左下へ、画面をななめに流れる光の帯。その上端を見てください。はしごの上の老人が、布の端を口にくわえています。両手はふさがっている。それでも、この布を落とすわけにはいかない。
足元では、金色の髪のマグダラのマリアが、キリストの足をそっと肩で受けとめています。左では、青い衣の聖母マリアが手を伸ばす。赤い衣のヨハネは、体ごと重みを受けとめようと足を踏んばっています。
私はこの絵の中で、布をくわえた老人がいちばん好きです。聖人の後光よりも、この人の歯のほうが、亡骸の重さを伝えている気がします。
左右の翼にも注目してください。左は、キリストを身ごもったマリアが親類を訪ねる場面。右は、神殿で老人が赤ん坊のキリストを腕に抱く場面。3枚とも「キリストを運ぶ人」を描いています。組合の守護聖人は、幼子キリストを背負って川を渡ったという聖クリストフォロス。「キリストを運ぶ者」という名の聖人に合わせた仕掛けです。
地元ベルギーでは、ほとんど知られていなかった物語

意外なことに、『フランダースの犬』は、舞台のベルギーではあまり読まれてきませんでした。
イギリス人が書いた、フランドルの人々が少年に冷たくあたる物語。地元の人にとって、親しみやすい話ではなかったのです。
ところが日本からは、アニメを見て育った観光客が、ネロとパトラッシュのゆかりの地を訪ねて大聖堂にやってくる。その理由がわからず戸惑った地元の人々の様子は、ベルギーの映画監督がドキュメンタリーにしたほどでした。
やがてアントワープの側も、この物語を迎え入れます。大聖堂の前の広場には記念の碑が置かれ、2016年には、石畳の上でネロとパトラッシュが眠る姿の像も設置されました。
よくある質問
Q. アントワープの大聖堂では、今もルーベンスの絵が見られますか?
『キリスト昇架』『キリスト降架』のほか、主祭壇の『聖母被昇天』など、ルーベンスの作品が複数あります。見学は有料で、公開時間や修復による展示状況が変わることもあるので、公式サイトで確認してください。
Q. アニメの最終回と原作は同じですか?
大筋は同じです。クリスマスの夜、大聖堂でルーベンスの絵を見たネロとパトラッシュが、翌朝亡くなって見つかる結末も原作どおりです。細かな設定や登場人物には、アニメ独自の部分があります。
まとめ:ネロが見たのは、重さを運ぶ人々の絵だった
- 『フランダースの犬』は1872年、イギリスの作家ウィーダの小説。舞台はベルギーのアントワープ
- ネロが見たかったのは、大聖堂にあるルーベンスの『キリスト昇架』と『キリスト降架』
- ルーベンスは大工房を率いた画家で、外交官として2つの国の王から騎士に叙された
- 『昇架』は十字架を起こす男たちの力、『降架』は白い布とそれを歯でくわえる老人が見どころ
- 地元ベルギーではあまり知られていなかったが、今は大聖堂前にネロとパトラッシュの像がある
幕で覆われ、お金を払わなければ見られなかった2枚の絵。クリスマスの夜、月明かりの下でネロが見上げたのは、傷ついた一人の体を、何人もの手が必死に支えている場面でした。誰にも支えてもらえなかった少年が、最後に見た絵です。
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