ブリューゲル入門|『バベルの塔』の細部に働く人を探せ——農民を主役にした16世紀の異端画家

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』1563年、ウィーン美術史美術館
ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』1563年、ウィーン美術史美術館

ウィーンの美術館に、前から人が離れない絵があります。

描かれているのは、雲を突き抜ける巨大な塔。ところが近づくと、見えるものが変わります。壁のあちこちに、米粒ほどの人間が取りついている。石を引き上げる人、モルタルを運ぶ人、干した洗濯物まである。

双眼鏡がほしくなる絵。それが『バベルの塔』です。

描いたのはピーテル・ブリューゲル。450年以上前、16世紀のネーデルラント(今のベルギーやオランダのあたり)で活動した画家です。当時の絵画の主役は神と王侯貴族。その時代に、彼は雪道を歩く狩人や、宴会で浮かれる農民を画面の真ん中に置きました。

なぜそんな絵が生まれたのか。まず、塔の足元から見ていきます。

『バベルの塔』は、なぜ完成しないまま描かれたのか

物語のもとは旧約聖書です。天に届く塔を建てようとした人間に神が怒り、言葉をばらばらにした。工事は止まり、塔は未完に終わります。

ブリューゲルが1563年に描いたのは、その「途中」の姿でした。

よく見ると、塔は少し傾いています。下の階にはもう人が住んでいるのに、上はまだ岩山がむき出しのまま。完成した部分と崩れかけた部分が同居しています。手前の左端には、視察に来た王と、地面にひれ伏す石工たち。

モデルはローマの古代遺跡コロッセオだといわれます。ブリューゲルは若いころイタリアへ旅していて、崩れた大建築を自分の目で見ていました。

ただ、この絵の本当の主役は塔ではありません。塔にへばりつく、無数の小さな人間たちです。

踏み車の中で、人がハムスターのように歩いている

『バベルの塔』部分。木の大車輪の中を人が歩いて荷を巻き上げる、踏み車式クレーン
『バベルの塔』部分。木の大車輪の中を人が歩いて荷を巻き上げる、踏み車式クレーン

上の画像は、塔の中腹の拡大です。

大きな木の車輪の中に、人が入っているのが見えますか。中で人間が歩くと車輪が回り、ロープが巻かれ、石材が持ち上がる。踏み車式クレーンと呼ばれる、16世紀に本当に使われていた建設機械です。

ブリューゲルは、空想の塔に本物の工事現場を描き込みました。

石の運搬路、はしご、資材小屋、材料を運ぶ船。部分ごとに拡大していくと、一つの絵の中に町がまるごと入っていることがわかります。この絵は「眺める」より「探す」絵です。絵探しの絵本と同じ楽しみ方が、450年前の板絵でできます。

私はこの絵を画集で初めて見たとき、30分ほどページをめくれませんでした。細部を追ううちに時間が消える絵は、そう多くありません。

塔の次は、雪の中です。

『雪中の狩人』——獲物はキツネ1匹。男たちがうつむいて帰る

ピーテル・ブリューゲル(父)『雪中の狩人』1565年、ウィーン美術史美術館
ピーテル・ブリューゲル(父)『雪中の狩人』1565年、ウィーン美術史美術館

雪の丘を、3人の狩人と犬の群れが下りてきます。

全員、うつむいている。犬もしっぽを垂れている。肩にかついだ獲物は、小さなキツネが1匹だけです。狩りは失敗でした。

ところが視線を丘の下へ移すと、空気が変わります。凍った池では村人たちがスケートに夢中。左手の宿の前では、火を焚いて豚の毛を焼く準備の最中。手前の疲れと、遠くの遊び。ひとつの冬の一日に、両方が入っています。

1565年に描かれたこの絵は、季節ごとの農村を描いた連作の1枚でした。風景そのものを主役にした絵がまだ珍しかった時代の、冬景色の傑作です。枝にとまるカラスの黒までふくめて、寒さが目で伝わってきます。

疲れた狩人の次は、にぎやかな宴会に呼ばれましょう。

『農民の婚宴』——花嫁はいるのに、花婿が見つからない

ピーテル・ブリューゲル(父)『農民の婚宴』1567年頃、ウィーン美術史美術館
ピーテル・ブリューゲル(父)『農民の婚宴』1567年頃、ウィーン美術史美術館

納屋で開かれた、農民の結婚披露宴です。

緑の布の前で目を伏せてすましているのが花嫁。手前では、蝶番を外した扉板をかつぎ、2人がかりで粥の皿を運んでいます。バグパイプ吹きは演奏そっちのけで、皿を目で追っている。左下では子どもが皿をなめています。

では、花婿はどこにいるのか。

これが答えの出ていない問いです。この人物だと決め手になる印が絵の中になく、研究者の間でも意見が分かれてきました。候補を探しながら宴会の顔ぶれを一人ずつ見ていくと、酔った人、食べることに真剣な人、噂話の最中らしい人と、表情の芝居が細かいことに気づきます。

こういう絵は、当時の常識から外れていました。

王でも神でもなく農民——「農民ブリューゲル」と呼ばれた理由

16世紀の絵画で、農民は主役ではありませんでした。

描かれるとしても、たいていは笑いものや教訓の material 扱い。大きな画面の真ん中は、神話と聖書と権力者のための場所でした。ブリューゲルはその序列を無視して、農民の婚礼や祭りを堂々と主題にしました。

本人は都会アントウェルペンで活動する教養人で、学者や商人と交流がありました。それでも農民の行事に村人のふりをして紛れ込み、飲み食いの様子を観察していたと伝えられます。後世についたあだ名が「農民ブリューゲル」。

1569年、ブリュッセルで亡くなりました。現存する油彩は40点ほどとされます。息子のピーテル(子)とヤンも画家になり、一族は3代続く画家の家系になりました。

数は少ない。その代わり、1枚の中の情報量が桁違いです。

よくある質問

Q. 『バベルの塔』は2枚あると聞きました。本当ですか?
本当です。ウィーン美術史美術館の大きな1枚と、オランダ・ロッテルダムのボイマンス美術館にある小さめの1枚。どちらもブリューゲル本人の作で、塔の形も色も違います。見比べると、同じ主題への別解として楽しめます。

Q. ブリューゲルの絵はどこで見られますか?
最大のコレクションはウィーン美術史美術館です。『バベルの塔』『雪中の狩人』『農民の婚宴』は、すべてここが所蔵しています。来日する機会は多くないので、展覧会情報は美術館や主催者の公式サイトで確認してください。

Q. 「ブリューゲル」と「ブリューヘル」、どちらが正しいのですか?
どちらの表記も使われます。同名の息子(ピーテル・ブリューゲル(子))と区別するため、この記事の画家は「父」を付けて呼ばれるのが一般的です。

まとめ:今日、拡大して見る1枚

  • 『バベルの塔』は空想の塔に本物の16世紀の工事現場を描き込んだ「探す絵」
  • 『雪中の狩人』は狩りに失敗した男たちと、遊ぶ村人を同じ冬に収めた
  • 『農民の婚宴』には花嫁がいて、花婿がどこか今も決着がついていない
  • 神と王侯が主役の時代に農民を描き、「農民ブリューゲル」と呼ばれた
  • 現存油彩は40点ほど。1枚あたりの情報量で勝負する画家

今日やることは一つ。ネットで『バベルの塔』の高精細画像を開き、思い切り拡大して、踏み車クレーンの中を歩く人を自分の目で見つけてください。米粒ほどの人間が動き出して見えた瞬間、この画家の絵の読み方が身につきます。

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