シューベルト『魔王』とは?18歳が午後のうちに書いた、1人で4役を歌い分ける4分間

中学校の音楽の授業で聴いた、あの曲です。
ピアノが同じ音を狂ったように連打し、男の人がドイツ語で何かを必死に歌っている。先生が「お父さん」「子ども」「魔王」と黒板に書き、鑑賞プリントに「どの役か聴き分けましょう」とある。覚えている人も多いと思います。
ただ、残っているのは「なんだか怖い曲だった」という印象だけ、という人がほとんどのはずです。
改めて調べると、驚くことがあります。これを書いたのは18歳の青年で、しかもほんの数時間で書き上げたらしい。4分間の中に、子どもの死まで含む一つの物語が、まるごと入っている。授業では時間が足りなくて語られなかった部分を、ここに書いておきます。
ゲーテの詩を読みながら部屋を歩き回り、一気に書いた——シューベルト18歳の午後

もとになったのは、ドイツの大詩人ゲーテが1782年に書いた詩です。
夜の森を、父親が馬で駆けている。腕には幼い息子を抱えています。息子は魔王の姿が見えると怯え、父は、霧や風の音を見間違えているだけだとなだめる。魔王は甘い言葉で子どもを誘い、やがて力ずくで連れ去ろうとする。父は必死に馬を飛ばし、ようやく屋敷にたどり着きます。そのとき、腕の中の子どもは息絶えていました。
ドイツ語の題は「エルケーニヒ」。北欧の伝承に出てくる妖精の王が、翻訳の途中で「ハンノキの王」と取り違えられた、とも言われる名前です。日本では明治以来「魔王」と訳されてきました。
1815年、この詩に曲をつけたのがフランツ・シューベルトです。
当時の彼は、ウィーン郊外で父が営む小学校の助教師をしていました。昼は子どもたちに読み書きを教え、それ以外の時間はひたすら作曲する。この1815年だけで、歌曲を100曲以上書いています。
曲が生まれた日の様子は、友人ヨーゼフ・フォン・シュパウンの回想に残っています。ある午後、シュパウンが訪ねると、シューベルトはゲーテの詩集を手に、声に出して読みながら部屋を行ったり来たりしていた。突然机に向かうと、あっという間に楽譜を書き上げた。その晩のうちに、二人は学校時代の寄宿舎へ出かけ、仲間の前で歌ってみせたそうです。
回想は何十年もあとに書かれたものなので、細部まで正確とは限りません。それでも、この曲の速さと勢いを聴くと、「一気に書いた」という話は信じたくなります。
1人の歌手が語り手・父・子・魔王を歌い分ける。ピアノは最後まで馬を走らせる

『魔王』の聴きどころは、たった1人の歌手と1台のピアノで、4人の登場人物と1頭の馬を表現しているところです。
まず、ピアノ。右手は最初から最後近くまで、同じ音を3つずつ激しく打ち続けます。これが馬のひづめ。左手は低い音で、うなるような短い旋律を繰り返す。こちらは夜の風と、父の胸騒ぎです。この連打は弾き手の腕が悲鳴を上げるほど大変で、作曲者自身が伴奏を簡単にした版も残されています。
歌手の声は、役ごとに変わります。
- 語り手:中くらいの音域で、淡々と状況を伝える
- 父:低い音域で、落ち着かせようとする声。ただし、だんだん余裕がなくなる
- 子ども:高い音域で、叫ぶように歌う
- 魔王:ささやくように弱く、明るい長調で、甘く誘う
いちばん怖いのは、子どもの叫びです。息子は曲の中で3回、父に助けを求めますが、そのたびに音が一段ずつ高くなり、ピアノとぶつかる不協和音も鋭くなっていく。恐怖が増していくのが、音の高さでそのままわかります。
逆に、魔王が出てくると、音楽はふっと柔らかくなります。激しい連打が軽やかな伴奏に変わり、旋律は子守歌のように優しい。怖いものが、怖くない顔でやってくる。18歳のシューベルトは、この一点をよく知っていました。
そして最後。父が屋敷に着いた瞬間、ずっと鳴り続けていたピアノが、ぴたりと止まります。語り手が、ほとんど語るように、子どもの死を告げる。和音が2つ鳴って、曲は終わります。
私はいまでも、ピアノが止まるその一瞬に、息を止めてしまいます。4分間ずっと聞こえていた馬の足音が消えたとき、聴き手は初めて、自分がずっと走らされていたことに気づくのです。
ゲーテは返事をしなかった。それでも『魔王』は作品1番になった

1816年、シュパウンは『魔王』を含むシューベルトの歌曲の楽譜をまとめ、ゲーテ本人に送りました。無名の若い作曲家を、大詩人に紹介しようとしたのです。
楽譜は、何の返事もなく送り返されてきました。
ゲーテは、詩の言葉を邪魔しない、素朴な旋律の歌を好んでいました。ピアノが嵐のように鳴り、場面ごとに音楽ががらりと変わるシューベルトの歌は、彼の好みとは正反対だったと考えられています。
出版社も冷たかった。無名の作曲家の難しい曲は売れない、と断られます。
転機は1821年。ウィーンの人気歌手ヨハン・ミヒャエル・フォーグルが、公の演奏会で『魔王』を歌い、大喝采を浴びました。シューベルトの友人たちはお金を出し合って楽譜を自費出版し、予約を募って売りさばきます。『魔王』は、シューベルトの「作品1」として世に出ました。
ゲーテがこの曲を見直したのは、ずっとあとのことです。晩年の1830年、有名なソプラノ歌手の歌で『魔王』を聴いた彼は、以前は感心しなかったが、こう歌われると一枚の絵のように見える、と語ったと伝えられます。
シューベルトは、それを知りません。1828年、31歳で亡くなっていました。生涯に書いた歌曲は600曲を超えます。
死後、『魔王』はさらに広がります。ピアノの名手リストは、歌の旋律までピアノ1台で弾ける独奏曲に編曲し、演奏会で弾いて回りました。歌のない『魔王』でも、馬は走り、子どもは叫ぶのです。
よくある質問
Q. 『魔王』は男性歌手が歌う曲ですか?
楽譜上の決まりはなく、男性も女性も歌います。低い声の歌手向けに移調した楽譜も使われています。聴き比べると、父と子の歌い分け方がそれぞれ違っていて面白いはずです。
Q. シューベルトの歌曲で、次に聴くならどれですか?
同じくゲーテの詩による『野ばら』は、『魔王』とは正反対の素朴で短い曲です。長く聴くなら、24曲からなる歌曲集『冬の旅』があります。
Q. 「リート」とは何ですか?
ドイツ語の芸術歌曲のことです。詩の世界をピアノと歌で一緒に描く形式で、シューベルトはその代表的な作曲家とされます。
まとめ:『魔王』は、ピアノが止まる瞬間のためにある
- 原詩はゲーテ。父が馬で駆け、腕の中の子どもが魔王に連れ去られる物語
- 1815年、18歳のシューベルトが、詩を読みながら短時間で書き上げたと伝えられる
- 1人の歌手が語り手・父・子・魔王を声の高さと調で歌い分け、ピアノは馬のひづめを打ち続ける
- ゲーテは楽譜を無言で送り返したが、1821年の公開演奏で評判になり「作品1」として出版された
音楽の授業で「聴き分けましょう」と言われた4つの声。けれど、この曲のいちばんの主役は、声のどれでもありません。最後の一行の前で止まる、ピアノの沈黙です。
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