『雲海の上の旅人』の男は、なぜ顔を見せないのか——フリードリヒが描いた「後ろ姿」の風景

岩の上に立つ男の背中。足もとには雲の海が広がり、遠くの山が霧にかすんでいる。
この絵は、どこかで一度は見たことがあるはずです。哲学の入門書の表紙、映画のポスター、ビジネス書の広告。「孤独」や「決意」を一枚で伝えたいとき、世界中のデザイナーがこの背中を借りてきました。
ところが、描いた画家の名前を言える人は多くありません。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ。19世紀のはじめにドイツで活動した風景画家です。
そして、男の顔を見た人は一人もいません。画家が、最後まで見せなかったからです。
雲海の男に顔がないのは、あなたの立つ場所を空けるため
『雲海の上の旅人』は、縦95センチほどの油絵です。いまはドイツのハンブルク美術館にあります。
男は画面のほぼ真ん中に立ち、こちらに背を向けています。濃い緑のコートに、ステッキ。風で髪が乱れている。ここまで細かく描いておきながら、顔だけは描かない。
この「後ろ姿の人物」を、ドイツ語でリュッケンフィグーアと呼びます。フリードリヒの絵には、これがくり返し出てきます。月を眺める二人の男、窓辺に立つ妻、朝日に向かって両手を広げる女性。みんな背中です。
なぜか。
顔が見えると、私たちはその人の表情を読みます。怒っているのか、悲しいのか。絵は「誰かの物語」になります。ところが背中しか見えないと、見る人は男と同じ方向を向くしかありません。男の目の高さで、同じ雲海を見下ろすことになる。
男は、見る人が絵の中に入るための入口です。顔を描かないことで、その席は空いたまま残されています。
男が誰なのかは、わかっていません。ナポレオン軍と戦った義勇兵の服装だという説もありますが、決め手はありません。名前のない背中だから、200年たっても誰の背中にもなれる。
では、男が見下ろしている山は、どこの山なのか。
雲の下の山は、どれも別々の場所にある
答えは、どこでもありません。
フリードリヒはドレスデンに住み、近くのエルベ川沿いに広がる砂岩の山々をよく歩いてスケッチしました。『雲海の上の旅人』の岩や峰は、別々の場所で描いたスケッチを組み合わせて作られた、と考えられています。実在の景色を寄せ集めた、どこにも存在しない眺めです。

画家の友人ケルスティングが描いたアトリエの絵を見ると、この人の仕事ぶりがよくわかります。部屋にはほとんど何もありません。窓の下半分は板戸で閉じられ、上から空の光だけが入る。外の景色は、描いているあいだは目に入らない部屋です。
組み立てたのは、山だけではありません。
絵の前に立つ私たちの位置を考えてみてください。男の背中は、ちょうど目の高さにあります。つまり見る人は、男が立つ岩よりもさらに高い、何もない空中に浮かんでいることになる。足場のない場所から、男ごと雲海を見下ろしている。現実にはありえない視点ですが、見ているあいだ、それに気づく人はほとんどいません。
画面の中の線も、男に集まるように引かれています。左右の山の稜線と、手前の岩の斜面。それらが男の胸のあたりで交わり、視線は自然に背中へ吸い寄せられる。偶然の景色に見えて、すみずみまで設計された一枚です。
フリードリヒは、画家は目の前にあるものだけでなく、自分の内に見えるものを描くべきだ、という意味の言葉を残しています。山で集めた形を、この空っぽの部屋で組み立て直す。雲海の絵は、そうやって生まれました。
『海辺の修道士』は、描いた船を塗りつぶした

フリードリヒの「引き算」がいちばん極端に出たのが、この『海辺の修道士』です。
画面の下に、白っぽい砂浜。その上に黒い海の帯。残りの4分の3以上が、ただの空です。砂浜には、豆粒ほどの修道士が一人立っている。
調査で、最初は海に船が描かれていたことがわかっています。画家はそれを塗りつぶし、何もない海を残しました。
1810年にベルリンの展覧会に出されると、この絵は議論を呼びました。前景も、見どころも、目を休める場所もない。作家のクライストは、この絵の前に立つと、まぶたを切り取られたような気持ちになる、という意味の文章を書いています。目を閉じることも、そらすこともできない、という感覚です。
それでもこの絵は、プロイセンの王家に買い上げられました。
私はこの絵を写真で見るたび、修道士が小さすぎて一瞬見失います。見失って、探して、やっと見つける。その数秒のあいだ、人間はこんなに小さいのか、という感覚が体に残ります。画家が仕掛けたのは、おそらくその数秒です。
『氷の海』は売れなかった——忘れられた画家が戻るまで

フリードリヒは1774年、バルト海に面した港町グライフスヴァルトに生まれました。13歳の冬、凍った水の上で事故が起き、弟が氷の下に沈んで亡くなっています。兄を助けようとしたため、と伝えられます。
彼の絵に冬と氷と墓地がくり返し出てくることを、この出来事と結びつける研究者は少なくありません。
『氷の海』は、その氷を真正面から描いた一枚です。割れた氷の板が、墓石のように積み重なって空へ突き出している。よく見ると右側に、押しつぶされた船の船尾がのぞいています。人間の姿はどこにもありません。
この絵は、画家が生きているあいだ、買い手がつきませんでした。
晩年のフリードリヒは、時代の好みが変わるなかで忘れられていきます。1840年にドレスデンで亡くなったとき、その名前を覚えている人はわずかでした。目に見えるとおりの明るい風景画が好まれる時代に、霧と墓地と後ろ姿ばかりの絵は、暗く古めかしいものに見えていました。
ふたたび光が当たったのは20世紀のはじめ。ベルリンで開かれたドイツ美術の大きな回顧展で、彼の絵がまとめて紹介されてからです。いま『雲海の上の旅人』と『氷の海』は、同じハンブルク美術館に収められています。
よくある質問
Q. 『雲海の上の旅人』はどこで見られますか?
ドイツのハンブルク美術館(ハンブルガー・クンストハレ)の所蔵です。貸し出しや展示替えがあるので、訪れる前に美術館の公式サイトで確認してください。
Q. フリードリヒは何派の画家ですか?
19世紀前半のドイツ・ロマン主義を代表する画家です。目に見える景色の正確さよりも、景色の前に立つ人間の感情や、自然の大きさへの畏れを描こうとしました。
Q. 後ろ姿の人物は、フリードリヒが最初に描いたのですか?
後ろ姿の人物そのものは、それ以前の絵にも登場します。フリードリヒの新しさは、それを画面の主役に据え、見る人と同じ方向を向かせたところにあります。
まとめ
- 『雲海の上の旅人』の男は、見る人が絵に入るための「空いた席」として、顔を描かれていない
- 山や岩は、別々の場所のスケッチを組み合わせた、どこにもない景色
- 『海辺の修道士』では船を塗りつぶし、空と海と小さな人間だけを残した
- 『氷の海』は生前に売れず、画家は没後に忘れられ、20世紀に再発見された
次にこの背中をポスターや本の表紙で見かけたら、男の顔を想像するのをやめてみてください。代わりに、男の肩ごしに雲海を見る。その瞬間、背中を向けているのはあなた自身になっています。
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