『白鳥』だけは出版を許した——サン=サーンスが生前に封印した『動物の謝肉祭』全14曲ガイド

『動物の謝肉祭』は、かわいい動物の音楽ではありません。
少なくとも、作曲者のつもりはそうでした。ライオン、ニワトリ、カメ、ゾウ。子ども向けの演奏会の定番ですが、楽譜の中身は、ほかの作曲家の名曲のパロディや、評論家へのあてこすりでいっぱいです。大人の仲間内でだけ演奏するための、悪ふざけでした。
だからサン=サーンスは、生きているあいだ、この曲の出版を禁じました。例外は、たった1曲。『白鳥』です。
全14曲、どこで何が笑われているのかを、1曲ずつ見ていきます。
なぜサン=サーンスは『動物の謝肉祭』を封印したのか

カミーユ・サン=サーンスは、19世紀フランスを代表する大作曲家です。10歳でピアニストとしてデビューした神童で、オルガンの名手でもありました。
1886年、彼はドイツへの演奏旅行のあと、オーストリアの小さな村で休暇を過ごしていました。そこで、ほんの遊びのつもりで書いたのが『動物の謝肉祭』です。
初演は同じ年の謝肉祭の最終日、親しいチェロ奏者が開いた内輪の演奏会でした。編成は、ピアノ2台と弦楽器、フルート、クラリネット、それにガラスの器をこすって鳴らすグラス・ハーモニカと、木琴。オーケストラとも室内楽ともつかない、ちぐはぐな顔ぶれです。
同じ1886年、サン=サーンスは大作の『交響曲第3番「オルガン付き」』も書いています。片手で記念碑のような交響曲を書き、もう片手で悪ふざけを書いていた。
まじめな作曲家としての評判に傷がつくことを、彼は心配しました。友人たちの前で何度か演奏はしたものの、出版は許さず、遺言で、死後に出版するよう書き残します。1921年に86歳で亡くなり、楽譜が出版されたのはその翌年でした。
1. 序奏と獅子王の行進
2台のピアノのざわめきから始まり、弦楽器がいかめしい行進曲を奏でます。ピアノの低音が、ライオンのうなり声。百獣の王の登場にしては、どこか芝居がかっていて大げさです。
2. めんどりとおんどり
ヴァイオリンとピアノが、コッコッと細かく音を刻み、クラリネットが鳴き声を入れます。にぎやかな鶏小屋の朝。
3. 騾馬(らば)
2台のピアノが、猛スピードで音階を駆け上がり、駆け下ります。野生のロバの仲間が走り回る音です。
4. 亀
ここから、笑いの仕掛けが本格的になります。
弦楽器が、ものすごくゆっくりと奏でる旋律。どこかで聞いたことがあるはずです。オッフェンバックのオペレッタ『天国と地獄』の、運動会でおなじみの、あの速い踊りの曲。それを、カメの歩みの速さまで落としています。
大騒ぎの曲を、超スローで。当時の聴衆は、ここで吹き出したはずです。
5. 象
コントラバスが、重たい足取りでワルツを踊ります。
この旋律は、ベルリオーズの『ファウストの劫罰』の中の「妖精の踊り」と、メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』の一節から借りてきたもの。どちらも、軽やかな妖精の音楽です。それを、いちばん重い楽器に、ゾウとして踊らせました。
6. カンガルー
ピアノの短いはねる音と、止まる音。跳んで、止まって、あたりを見回すカンガルーの動きです。
7. 水族館
ピアノの細かいさざ波の上で、フルートと弦が、ゆらゆらと揺れる旋律を奏でます。グラス・ハーモニカのきらめきが、水槽の光のよう。全14曲の中でも、とくに幻想的な1曲です。今日では、グラス・ハーモニカの代わりにチェレスタなどで演奏されることが多くなっています。
8. 耳の長い登場人物
ヴァイオリンが、ロバの鳴き声のように、高い音と低い音を行ったり来たりします。
「耳の長い」は、ロバのこと。そしてこの曲は、音楽評論家への皮肉だといわれています。わかったような顔で騒ぎ立てる人々を、ロバの鳴き声にした。
9. 森の奥のかっこう
ピアノの静かな和音の中で、舞台の外からクラリネットが「かっこう」と2つの音を、何度もくり返します。
10. 鳥
フルートが、鳥のさえずりのように軽やかに飛び回ります。
11. ピアニスト
この曲集で、私がいちばん好きな仕掛けです。
動物の行列の中に、なぜか「ピアニスト」が出てきます。2台のピアノが、指の練習曲のような音階を、ぎこちなく、たどたどしく弾き続ける。楽譜には、初心者のように下手に弾くよう指示があります。
毎日、意味もなく音階をくり返す生き物。ピアニストも動物園の一員だ、という冗談です。自分も名ピアニストだったサン=サーンスが書くと、自虐にもなっています。
12. 化石
木琴が、カタカタと骨が鳴るような旋律を弾きます。これは、サン=サーンス自身の代表作『死の舞踏』の旋律です。
そこに、『きらきら星』のもとになったフランスの歌や、ロッシーニのオペラ『セビリアの理髪師』のアリアなどが、次々に混ざり込む。古くさい、もう化石になった音楽、という意味です。自分の曲まで化石の仲間に入れているところが、この人の笑いの度量です。
13. 白鳥

2台のピアノの、水面のような静かな伴奏。その上を、チェロがゆったりと歌っていきます。
この曲だけは、冗談がありません。パロディも、皮肉もない。だからこそ、サン=サーンスはこの1曲だけ、生前の出版を許しました。
1905年、振付家のミハイル・フォーキンが、この曲を使ってバレリーナのアンナ・パヴロワのための踊りを作ります。『瀕死の白鳥』。傷ついた白鳥が、最後に力尽きるまでを踊る数分間の作品で、パヴロワは生涯にわたって世界各地でこれを踊り続けました。
悪ふざけの曲集の中の、ただ1曲のまじめな歌。それがいま、この曲集でいちばん有名な曲になっています。
14. フィナーレ
最後は、全員集合です。ライオンもロバもカンガルーも、それまでの動物たちの旋律が次々に顔を出し、にぎやかに幕を下ろします。
耳を澄ませてほしいのは、終わる直前です。最後の和音の手前で、あのロバの鳴き声がもう一度割り込んでくる。百獣の王で始まった行列の、最後の一声はロバ。最後まで、評論家をからかうことを忘れていません。
よくある質問
Q. 『動物の謝肉祭』の演奏時間はどれくらいですか?
全14曲で20分あまりです。1曲1〜2分ほどの短い曲が多いので、気になる曲だけ選んで聴くこともできます。
Q. 曲の間に語りが入る演奏を聴いたことがあります。もともとあったのですか?
いいえ。語りはサン=サーンスの楽譜にはなく、のちの時代に、子ども向けの演奏会などのために付け加えられたものです。
まとめ
- 『動物の謝肉祭』は1886年、サン=サーンスが内輪の演奏会のために書いた、全14曲のユーモア作品
- 名曲のパロディや評論家への皮肉が多く、作曲者は生前の出版を禁じた。例外は『白鳥』だけ
- 『亀』は『天国と地獄』の超スロー版、『化石』には自作の『死の舞踏』が登場する
- 『白鳥』はのちにバレエ『瀕死の白鳥』となり、曲集でいちばん有名な曲になった
この記事は、全曲を聴きながら手元に開いておいてください。1曲ごとに、何が笑われているのかを確かめながら聴くと、20分あまりの曲集が、まったく違う顔を見せます。まずは4曲目の『亀』で、あの運動会の曲を探すところから。
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