大理石の指は、なぜ太ももに沈んで見えるのか——ベルニーニ『プロセルピナの略奪』と、23歳の彫刻家の手品

男の指が、女の太ももに食い込んでいる。
指のまわりで、肌がわずかに盛り上がり、くぼんでいる。押された肉の柔らかさまで、目で触れるように伝わってきます。
これは、石です。
硬い大理石のかたまりを、ノミと錐(きり)と砥石で削って作ったもの。彫ったのは、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ。このとき、まだ23歳でした。
400年前のローマで、石を肉に、髪に、葉っぱに、雲に変えてみせた彫刻家。その手品の種を、作品ごとに見ていきます。
『プロセルピナの略奪』——冥界の王が、花を摘む娘をさらう

題材は、ローマ神話の一場面です。
冥界の王プルートが、野で花を摘んでいた娘プロセルピナに一目惚れし、力ずくで地下の国へ連れ去る。足もとには、冥界の門を守る三つ首の番犬ケルベロスが吠えています。
プルートは、娘の体を太い腕で抱え上げる。娘は男の顔を手で押しのけ、もう一方の手を天に伸ばして助けを求めている。冒頭の指は、このとき太ももをつかんだ王の手です。
近づいて、娘の顔を見てください。頬に、涙の粒が彫られています。
逆に、プルートの髪とひげは、渦を巻く巻き毛が一本ずつ深く彫り込まれている。娘の肌はつるりと磨き上げ、男の髪は影ができるほど荒々しく刻む。同じ白い石で、手ざわりを正反対にしているわけです。
指が沈んで見える種も、ここにあります。指の際(きわ)の肌を、ほんの少しだけ盛り上げる。くぼみに影が落ちる。それだけで、見る人の目は「柔らかいものが押された」と思い込む。
依頼主は、美術品の「収集魔」だった枢機卿
この像を注文したのは、シピオーネ・ボルゲーゼという枢機卿です。
教皇の甥で、ローマ郊外の自分の別荘に、名画や古代の彫刻を集めに集めた人物でした。気に入った絵のためには、かなり強引な手も使ったと伝えられます。その別荘が、いまのボルゲーゼ美術館です。
若いベルニーニに目をつけたのも、この枢機卿でした。1620年代のはじめ、数年のうちに次々と大作を注文しています。
その一つが『ダヴィデ』です。ミケランジェロのダヴィデは、戦いの前に静かに立っていました。ベルニーニのダヴィデは、体を大きくひねり、下唇をかみしめて、いまにも石を放とうとしている。この顔は、ベルニーニが鏡を見ながら彫った自分の顔だといわれます。その鏡を持っていたのは、のちに教皇となる枢機卿マッフェオ・バルベリーニだった、という話まで伝わっています。
静止した英雄ではなく、動きの途中にいる人間。ベルニーニの関心は、いつも「一瞬」にありました。
ところが、完成した『プロセルピナの略奪』は、すぐに別の枢機卿への贈り物にされてしまいます。像がボルゲーゼ家の別荘に戻ってきたのは、それから300年近くたった1908年のこと。いま同じ館で見られるのは、ちょっとした里帰りの結果です。
『アポロンとダフネ』——指先から、葉が生えはじめる

同じ館の別の部屋に、もう一つの代表作があります。
太陽神アポロンが、川の神の娘ダフネを追いかけ、ついに手が届いた瞬間。ダフネは追われるのを嫌って父に助けを求め、その場で月桂樹の木に姿を変えていきます。
その「変わっていく途中」が、一つの石に彫られている。
ダフネの指先からは、薄い葉が噴き出している。つま先は根になって地面にもぐり、太ももから腰へ、木の皮がせり上がって体を包みはじめています。アポロンの手が腰に触れたところは、もう皮の上。
指先の葉は、光が透けて見えるほど薄く削られています。少しでも力を入れすぎれば、割れて終わり。大理石でこれをやるのは、ほとんど曲芸です。
台座には、あのバルベリーニ枢機卿が書いた2行の詩が刻まれました。はかない快楽を追いかける者は、最後には苦い葉や実をつかむだけだ、という戒めの内容です。裸の男女の像を、聖職者の館に置くための、言いわけのような教訓でした。
『聖テレジアの法悦』——彫刻を、光と舞台ごと作った

40代のベルニーニは、さらに先へ進みます。
ローマの小さな教会の、脇の礼拝堂。その祭壇に置かれたのが、この『聖テレジアの法悦』です。
16世紀スペインの修道女テレジアは、天使が金の矢で自分の胸を何度も貫き、激しい痛みと、それを上回る甘い喜びに満たされた、という神秘体験を書き残しました。ベルニーニは、その瞬間を彫っています。
雲に乗って身をのけぞらせる聖女。ほほえみながら矢を構える天使。
注目したいのは、像の後ろから降り注ぐ金色の光線です。これは、金めっきをした青銅の棒。さらに祭壇の上には、外からは見えない窓が隠されていて、本物の外の光が、像の上に落ちてくる仕掛けになっています。
左右の壁には、この礼拝堂を寄進した一族の男たちが、劇場の桟敷席のような枠の中から、この場面をのぞき込む姿で彫られている。
彫刻、建築、光、観客。ベルニーニは、一つの像ではなく、劇場を丸ごと作りました。
ローマの街そのものが、ベルニーニの作品
ベルニーニは81歳まで生き、何人もの教皇のもとで、ローマの街の顔を作り続けました。
サン・ピエトロ大聖堂の中央にそびえる、ねじれた4本の柱の巨大な天蓋。大聖堂の前の広場を、両腕で抱きかかえるように囲む列柱。ナヴォーナ広場の『四大河の噴水』。サンタンジェロ橋に並ぶ天使像の設計。
ローマを歩けば、どこかで必ずベルニーニに出会う。そう言われるのは、このためです。
400年後の観光客が、まず見るべき一点
ボルゲーゼ美術館に行くなら、『プロセルピナの略奪』の前で、ぐるりと一周してみてください。
ベルニーニの像は、正面から見て終わりではありません。回りこむと、プルートの踏ん張る脚、ケルベロスの三つの首、娘の足が宙を蹴る角度が、次々に変わって見えてくる。
そして最後に、もう一度、太ももの指に戻ってくる。
よくある質問
Q. ボルゲーゼ美術館は予約なしで入れますか?
入館は予約制で、時間ごとに人数が区切られています。条件は変わることがあるので、行く前に公式サイトで最新情報を確認してください。
Q. さらわれたプロセルピナは、その後どうなったのですか?
娘を失った母の女神ケレスが嘆き悲しみ、地上の作物が実らなくなりました。そこでプロセルピナは、一年の一部を冥界で、残りを母のいる地上で過ごすことになります。娘が地下にいるあいだが冬になった、という季節の起源の神話です。
Q. ベルニーニとミケランジェロは、何が違うのですか?
ミケランジェロの彫刻が、重く静かな力を石の内側にためこむのに対し、ベルニーニは「動いている一瞬」を外へはじけさせるように彫りました。17世紀のバロック美術を代表するのがベルニーニです。
まとめ
- ベルニーニ(1598〜1680年)は、大理石を肉や髪や葉に見せる技で、バロック彫刻の頂点に立った
- 23歳ごろの『プロセルピナの略奪』では、つかまれた太ももの柔らかさと、頬の涙まで彫った
- 『アポロンとダフネ』は、娘が木に変わっていく途中の一瞬を、光が透けるほど薄い葉で表した
- 『聖テレジアの法悦』では、隠し窓の光と観客の像まで含めて、礼拝堂を一つの舞台にした
石が硬いことは、誰でも知っています。ベルニーニの前に立つと、その常識のほうが少しあやしくなる。指が沈んで見えたなら、もう手品にかかっています。
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