幼稚園の朝のあいさつが、世界一歌われる誕生日の歌になった——『ハッピー・バースデー・トゥ・ユー』と、2016年に終わった著作権の話

ろうそくを立てたケーキが運ばれてきて、部屋の明かりが消える。誰かが歌い出し、みんなが続く。
あの歌に、作曲者がいると考えたことはあるでしょうか。
民謡のように、昔から自然に歌われてきた歌だと思っている人は多いはずです。けれど『ハッピー・バースデー・トゥ・ユー』には、旋律を書いた人がいて、出版された年があり、そして長いあいだ、著作権を持っていると主張する会社がありました。映画やテレビで使えば、使用料がかかった。
その権利をめぐる裁判に決着がついたのは、2016年のことです。
アメリカの小さな幼稚園で生まれた朝のあいさつの歌が、世界中の誕生日を祝う歌になり、法廷で争われるまで。120年あまりの道のりをたどります。
1893年、ケンタッキーの姉妹が作った「おはよう」の歌
物語の始まりは、アメリカ南部ケンタッキー州のルイビルです。
19世紀の終わり、この町の幼稚園で、ヒル姉妹が働いていました。姉のミルドレッドは音楽の教師でピアニスト。妹のパティは幼稚園の先生で、のちに幼児教育の専門家として、大学で教えるようになる人物です。
二人は、幼い子どもたちが無理なく歌える歌を作ろうとしていました。旋律は単純で、すぐに覚えられること。姉が曲を書き、妹が子どもたちの前で実際に歌わせて、うまく歌えないところを直していったといわれます。
1893年、姉妹は幼稚園のための歌集を出版します。その中の1曲が『グッド・モーニング・トゥ・オール』。朝、子どもたちが先生にあいさつし、先生が子どもたちにあいさつを返す、短い歌でした。
旋律は、いま私たちが誕生日に歌うものと、ほぼ同じです。
誕生日の歌で、名前を呼ぶところだけ音がぐんと高く跳ね上がり、つい声が裏返りそうになる。あの歌いにくい箇所も、もとの歌にすでにあります。子どもたちが「先生」と呼びかける、いちばん元気な場面です。誕生日の歌になってからは、そこに祝われる人の名前が入るようになりました。
「おはよう」が「誕生日おめでとう」に変わったのは、いつか

単純で覚えやすい旋律は、幼稚園の外へ広がっていきました。
誰が最初に、あいさつの言葉を誕生日の言葉に入れ替えたのかは、わかっていません。子どもたちの誕生会で、先生や親が自然に替え歌にして歌い始めたのだろうと考えられています。20世紀の初めには、誕生日の歌詞が印刷物にも現れるようになりました。
上の写真は、1922年に出版された歌集のページです。題は「おはようと誕生日の歌」。子どもの歌うあいさつ、先生の返すあいさつ、そして3行目に「オプション」として、誕生日の歌詞が添えられています。注には、部屋の中の誰かの誕生日を祝うときは、その子の名前をここに入れて歌うこと、と書かれている。
「おはよう」の歌に、誕生日の使い方が、おまけとしてくっついていたわけです。
そのおまけのほうが、やがて本体を追い越します。ラジオや映画、レコードを通じて、誕生日の歌詞は、アメリカ中、そして世界中に広まっていきました。
年に一度、誰もが歌う歌に「使用料」がかかっていた
姉妹の歌集を出版していたのは、シカゴの音楽出版社でした。1935年、この会社は、誕生日の歌詞を含む編曲を、著作権として登録します。
この権利はその後、会社の合併や買収を経て、大手の音楽出版社ワーナー・チャペルの手に渡りました。
家族の誕生会で歌うのに、もちろん使用料はいりません。けれど、映画やテレビ番組、広告の中でこの歌を使うときは、使用料の支払いを求められました。毎年、かなりの額の使用料が入っていたと報じられています。
そのため、ドラマや映画の誕生日の場面で、あえてこの歌を避け、別の歌を使うこともありました。アメリカのレストランチェーンの中には、店員が客の誕生日を祝うときに、独自に作った誕生日の歌を歌う店もある。理由の一つは、この使用料だったといわれます。
2015年、映画監督が出版社を訴えた
転機は、一本のドキュメンタリー映画でした。
この歌の歴史を描く映画を作ろうとした監督が、作中で歌を使うために、出版社に使用料を払うよう求められます。監督は支払ったうえで、そもそもこの著作権は有効なのか、と出版社を相手に裁判を起こしました。
2015年、ロサンゼルスの連邦地方裁判所は、監督の主張を認める判断を下します。出版社が持っていたのは、ピアノの編曲などに関する権利にすぎず、誕生日の歌詞そのものの権利を持っている証拠はない、という内容でした。
翌2016年、出版社は和解に応じ、それまで集めた使用料の一部を返すことになります。裁判所は、この歌がパブリックドメイン、つまり誰でも自由に使える状態にあることを確認しました。
ヨーロッパでも同じ年の終わりに、作詞者とされるパティ・ヒルの死後70年がたち、保護期間が切れています。
ろうそくの前で、誰もが歌っていた歌が、法律の上でも、ようやく誰のものでもなくなりました。
大統領に歌われた、いちばん有名な「ハッピー・バースデー」

この歌が歌われた場面の中で、もっとも有名なものの一つが、1962年5月の夜です。
ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで、ケネディ大統領の45歳の誕生日を前に、大きな祝賀会が開かれました。ステージに立ったのは、体に吸いつくようなきらめくドレスを着た女優マリリン・モンロー。彼女は、ささやくような、ため息まじりの声で、大統領のための誕生日の歌を歌いました。
写真で見ると、広い会場の暗がりの中で、白く光っているのは彼女ひとりです。幼稚園の朝のあいさつだった歌は、70年後、アメリカでいちばん華やかな舞台にいました。

よくある質問
Q. いまは『ハッピー・バースデー・トゥ・ユー』を自由に使えますか?
アメリカでは2016年の裁判の決着によって、自由に使える状態になりました。ヨーロッパでも保護期間が終わっています。ただし、特定の歌手の録音や新しい編曲には、それぞれ別の権利があるので注意が必要です。
Q. 旋律は、本当にヒル姉妹のオリジナルですか?
19世紀には、よく似た旋律の歌がほかにもあったことが指摘されています。単純な旋律なので、似た歌が生まれやすかったとも考えられます。それでも、この歌の直接のもとが姉妹の『グッド・モーニング・トゥ・オール』であることは、広く認められています。
まとめ
- 『ハッピー・バースデー・トゥ・ユー』のもとは、1893年にヒル姉妹が幼稚園のために作った朝のあいさつの歌
- 誕生日の歌詞はあとから替え歌として広まり、1922年の歌集では「オプション」として添えられていた
- 1935年に登録された著作権をもとに、長いあいだ映画やテレビでの使用に使用料がかかっていた
- 2015年の判決と2016年の和解で、アメリカでも誰でも自由に使える歌になった
次の誕生日、ろうそくの前で歌い出すとき、あの旋律がもとは「おはよう」だったことを思い出してみてください。祝われているのは誕生日の人ですが、歌っているのは、130年前の幼稚園の子どもたちと同じ、朝のあいさつの節です。
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