テルミンとは?手を触れずに弾く世界初の電子楽器と、レーニンの前で鳴った音

自作の楽器を演奏するレフ・テルミン
自作の楽器を演奏するレフ・テルミン

楽器は、触れなければ鳴らない。

弦をはじく、鍵盤を押す、皮を叩く、息を吹きこむ。人類が何千年も作ってきた楽器は、どれも体のどこかが楽器に触れて音を出します。

ところが、一度も触れずに演奏する楽器があります。木の箱から突き出た2本のアンテナのあいだで、奏者が空中に両手をかざし、指をひらひら動かす。それだけで、ヒュウウンと震えるような、人の声にも口笛にも似た音が流れ出す。

テルミン。1920年、ロシアの若い物理学者が発明した、世界でいちばん古い電子楽器の一つです。古いSF映画の「宇宙人が来た音」と言えば、思い当たる人もいるはず。

テルミンの発明者は、楽器を作ろうとしていなかった

テルミンを生んだのは、レフ・テルミンというロシアの物理学者です。英語圏ではレオン・テルミンと呼ばれ、楽器の名前も彼の名から取られました。

1920年、ロシア革命から3年後のペトログラード(いまのサンクトペテルブルク)。24歳のテルミンは研究所で、気体の性質を電気で測る装置を作っていました。

装置には、音で数値を知らせる仕組みがありました。ある日、彼は装置に手を近づけると、音の高さが変わることに気づきます。手を近づけると高く、遠ざけると低く。

測定器としては、困った性質です。

ところがテルミンは、ここで発想を逆にしました。手の動きで音の高さが変わるなら、それで曲が弾けるのではないか。チェロを弾くこともできた彼は、さっそく装置で知っている旋律をなぞってみたといいます。測定器が、楽器に生まれ変わった瞬間でした。

右手で音の高さ、左手で音の大きさ——テルミンの仕組み

テルミンの弾き方は、文章にすると単純です。

  • 右側の縦のアンテナ:手を近づけるほど音が高くなり、遠ざけると低くなる
  • 左側の輪っかのアンテナ:手を近づけるほど音が小さくなり、離すと大きくなる
  • 音を止めたいとき:左手を輪っかにぐっと近づけて、音量をゼロにする

人間の体は、わずかに電気を帯びています。アンテナと手のあいだの距離が変わると、楽器の中の電気の流れがほんの少し変わる。テルミンは、その小さな変化を音の高さと大きさに置き換えているわけです。

単純なのは、ここまで。

鍵盤もフレットも、目印になるものが何もありません。ドとレの間に区切りはなく、手の位置がほんの1センチずれれば音程が狂う。奏者は自分の耳だけを頼りに、空中の見えない鍵盤を探り当てなければなりません。体が少し揺れただけでも音が変わります。触れない楽器は、触れる楽器よりはるかに難しい楽器でした。

1922年、クレムリンでレーニンがテルミンに手をかざした

発明から2年後、テルミンはモスクワのクレムリンに呼ばれます。待っていたのは、革命の指導者レーニンでした。

テルミンが楽器を披露すると、レーニンは興味を示し、自分でも手をかざして演奏を試みたと伝えられます。電気の技術で新しい国を作ろうとしていた当時のソビエトにとって、電気で鳴る楽器は、未来そのものに見えたはずです。

テルミンはその後、国内各地で演奏会を開き、1920年代の後半にはヨーロッパからアメリカへ渡ります。ニューヨークで特許を取り、アメリカの大手電機メーカーRCAが製品として売り出しました。

RCA社が1930年ごろ製造したテルミン(Photo: WikiSander / CC BY-SA 4.0)
RCA社が1930年ごろ製造したテルミン(Photo: WikiSander / CC BY-SA 4.0)

家庭のラジオと同じような木のキャビネットに、アンテナが2本。誰でも家で弾ける新しい楽器として宣伝されましたが、売れたのは数百台ほどでした。発売直後に世界恐慌が始まったこと、そして何より、弾くのが難しすぎたことが理由とされています。

ヴァイオリンを諦めた少女が、テルミンを「歌う楽器」にした

テルミンを演奏するクララ・ロックモア
テルミンを演奏するクララ・ロックモア

このやっかいな楽器を、本物の芸術にした演奏家がいます。クララ・ロックモアです。

リトアニア生まれの彼女は、幼いころからヴァイオリンの天才少女として知られていました。ところが腕を痛め、ヴァイオリンを続けられなくなります。そんなときニューヨークでテルミン本人と出会い、この新しい楽器に転向しました。

ヴァイオリンで鍛えた耳と、精密な指の動き。ロックモアは指の形を細かく変えて音程を刻む独自の奏法を作りあげ、クラシックの名曲を空中で弾いてみせました。テルミンは彼女のために、特別な一台を作っています。

彼女の録音を聴くと、テルミンが「ヒュウウン」という効果音の楽器ではないことがわかります。音程はぶれず、ヴィブラートは歌手のようにしなやか。人の声に、いちばん近い楽器でした。

突然の帰国。テルミンは盗聴器を作らされた

1938年、テルミンはアメリカから突然姿を消します。

ソ連に戻った彼を待っていたのは、収容所でした。やがて研究者として、監視つきの秘密の研究施設で働かされます。

そこで彼が作ったとされるのが、電池も配線もない盗聴器です。1945年、ソ連の子どもたちからアメリカ大使に、木彫りのアメリカの国章が贈られました。大使の部屋に掛けられたその中に、盗聴器が仕込まれていたのです。発見されたのは、何年もたってからでした。空中の電波で動く仕組みは、テルミンの楽器と同じ発想から生まれています。

テルミンは長いあいだ、西側では死んだと思われていました。冷戦が終わりに近づいたころ、90代でアメリカを再訪し、かつての仲間たちと再会しています。1993年、97歳で亡くなりました。

テルミンの音は、宇宙人から日本のマトリョーシカまで

テルミンの音が多くの人の耳に届いたのは、映画からでした。

ヒッチコック監督の『白い恐怖』(1945年)では、主人公の不安な心を表す音として使われます。SF映画『地球の静止する日』(1951年)では、空飛ぶ円盤とロボットの不気味さを演出しました。こうしてテルミンの音は、「異世界」「宇宙」の音として定着していきます。

ロックの世界では、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジがステージでテルミンを操りました。ちなみにビーチ・ボーイズの「グッド・ヴァイブレーション」の印象的な高音は、テルミンによく似た別の電子楽器で弾かれています。

ロバート・モーグという青年が、学生時代にテルミンを組み立てて売っていたことも知られています。彼はのちに、シンセサイザーの「モーグ」を生み出しました。

モーグ社のテルミン「イーサウェーブ」(Photo: giulioescalona / CC BY 2.0)
モーグ社のテルミン「イーサウェーブ」(Photo: giulioescalona / CC BY 2.0)

日本では、マトリョーシカ人形の中にテルミンを組みこんだ「マトリョミン」が考案されました。人形を両手で包むように持ち、片手をかざして演奏する。大勢で合奏するアンサンブルも生まれています。

よくある質問

Q. テルミンは初心者でも弾けますか?
音を出すだけなら、手をかざせば誰でもすぐに鳴らせます。ただ、狙った音程を正確に出すには、耳を鍛える練習が欠かせません。最近は手ごろな価格の組み立てキットや小型の製品もあります。

Q. テルミンの音はどんな曲に向いていますか?
ゆったりした旋律をなめらかに歌わせる曲が得意です。音と音のあいだが切れ目なくつながるので、サン=サーンスの『白鳥』のような、チェロや歌のための曲がよく演奏されます。

Q. テルミンとシンセサイザーは何が違いますか?
テルミンは音の高さと大きさを手の位置だけで決める、とてもシンプルな楽器です。シンセサイザーは鍵盤などで操作し、音色そのものを電子的に作り変えられます。

まとめ:触れない楽器は、誕生から100年を超えた

  • テルミンは1920年、ロシアの物理学者レフ・テルミンが発明した、世界最古級の電子楽器
  • 右手のアンテナで音の高さ、左手の輪で音の大きさを操り、楽器に一度も触れずに演奏する
  • 1922年にはクレムリンでレーニンの前で披露され、のちにアメリカでRCAが製品化した
  • クララ・ロックモアが、効果音ではない「歌う楽器」としての演奏を確立した
  • SF映画の「宇宙の音」として定着し、シンセサイザーのモーグや日本のマトリョミンにつながった

今日聴くなら、動画サイトで「Clara Rockmore The Swan」と検索してください。楽器に一度も触れない女性が、空中の何もないところから、サン=サーンスの『白鳥』を引き出していく数分間が見られます。

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