冬の浴槽に浮かんだモデル——ミレイ『オフィーリア』と、ラファエル前派の若者たち

ロンドンの画家のアトリエに、水を張った浴槽がある。
季節は冬。浴槽の下には、水を温めるためのオイルランプが並んでいます。その中に、ドレスを着たまま一人の女性が仰向けに浮かび、何時間も動かずにいる。画家は絵の中の川に、彼女の顔と手と、水に広がる髪を描き写していきます。
ある日、ランプの火が消えました。
画家は絵に夢中で気づかず、水は冷たくなり、女性はひどい風邪をひきます。怒った父親は医者代を払えと画家に迫った。この浴槽から生まれたのが、テート・ブリテンでいちばん人気のある絵、『オフィーリア』です。
描いたのはジョン・エヴァレット・ミレイ、22歳。浮かんでいたのはエリザベス・シダル、帽子屋の店員でした。二人はまだ、何者でもありませんでした。
川辺に5か月、浴槽に1冬——『オフィーリア』はこう描かれた
『オフィーリア』は、シェイクスピア『ハムレット』の一場面です。
恋人ハムレットに父を殺され、正気を失ったオフィーリアが、川辺で花輪を作っているうちに枝が折れて水に落ちる。舞台では起こらず、王妃の口から語られるだけの死です。ミレイはその「語られただけの場面」を、絵にしました。
描き方が、普通ではありません。
まず背景です。1851年の夏から秋にかけて、ミレイはロンドン郊外のホッグズミル川のほとりに通い、約5か月、来る日も来る日も川岸を写しました。柳、イラクサ、野バラ、忘れな草。一本一本の草が、植物図鑑のように正確です。風で草が揺れ、ハエに刺され、地主に追い払われそうになりながら描いた、と手紙に残っています。
人物は、あとから描きました。
冬、アトリエの浴槽に水を張り、シダルを浮かべる。川に本物の人間を浮かべるわけにはいかないからです。ドレスは古着屋で買った刺繍入りの銀色のもの。こうして、屋外で描いた川と、室内で描いた女性が、一枚に合成されました。
写真のように見えて、写真ではありえない絵。ここに、ミレイたちの旗印がありました。
ラファエル前派とは何か——19歳が結成した「自然を描け」の同盟

1848年、ロンドン。19歳のミレイは、仲間と秘密結社めいた画家グループを作ります。
名前は「ラファエル前派兄弟団」。ラファエロ以前の絵に戻れ、という意味です。当時の美術学校では、ルネサンスの巨匠ラファエロを手本に、理想化された美しい形を描くよう教えていました。若者たちはそれを「型通りで嘘くさい」と退け、目の前の自然を、見えるままに、細部まで描くと宣言します。
ミレイは11歳で王立美術院の学校に入った、史上最年少の神童でした。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティは詩人でもある画家、ウィリアム・ホルマン・ハントは宗教画に打ち込む男。年齢は皆20歳前後です。
世間の反応は、冷たいものでした。
新聞は彼らの絵を「醜い」「不敬」と叩きます。救ったのは、当時もっとも影響力のあった批評家ジョン・ラスキンでした。彼が新聞に擁護の手紙を書き、風向きが変わります。『オフィーリア』が展示された1852年には、若者たちの絵はすでに議論の中心にありました。
草の一本まで描く執念は、この同盟の教義そのものです。ではその草花は、何のためにあるのか。
花はすべて言葉——スミレ、ケシ、ヒナギクが語っていること
『オフィーリア』の水面と岸辺には、たくさんの花が浮かんでいます。
飾りではありません。ヴィクトリア朝のイギリスには「花言葉」の文化があり、花の一つ一つが意味を持っていました。しかも『ハムレット』の原作で、王妃が語る場面や、狂ったオフィーリアが人々に花を配る場面に登場する花が、そのまま描かれています。
スミレは誠実、あるいは若い死。ヒナギクは無垢。パンジーは物思い。赤いケシは眠りと死。首元の忘れな草は、その名のとおり。
上に垂れる柳の枝は、見捨てられた愛の印です。
つまりこの絵は、風景画の顔をした「読む絵」でもあります。花を一つ拾い上げるごとに、絵の中の物語が一段ずつ深くなる。私は最初にこの絵を見たとき、水面に散った花を単なる色の点だと思っていました。花言葉を知ってから見直すと、同じ絵が弔いの手紙に変わりました。
そして、この花に囲まれて浮かんでいた女性にも、続きの物語があります。
浴槽のモデル、エリザベス・シダルのその後

エリザベス・シダルは、赤みがかった長い髪の帽子屋の店員でした。
ラファエル前派の画家たちに見いだされ、モデルになります。『オフィーリア』のあと、彼女はロセッティのモデルとなり、恋人となり、自らも絵を描き、詩を書くようになりました。ロセッティは彼女を何百枚も描いています。
二人は1860年に結婚します。結婚生活は短いものでした。
シダルは体を壊し、薬に頼るようになり、1862年に亡くなります。ロセッティは悲しみのあまり、自分の未発表の詩の原稿を棺に入れて一緒に埋葬しました。数年後、その詩を出版したくなったロセッティは、墓を掘り返して原稿を取り戻します。ラファエル前派の物語の中で、いちばん有名で、いちばん後味の悪い逸話です。
浴槽に浮かんでいたのは、20代前半の、これから画家になる女性でした。絵の中で死んだオフィーリアと、絵の外で若くして死んだシダル。二つの死が重なって見えるせいで、この絵は今もテートで人を立ち止まらせます。
神童のその後——ミレイは「裏切り者」と呼ばれた
ミレイ自身は、長生きしました。
1855年、ラスキンの元妻エフィと結婚します。批評家の妻が、その批評家が擁護した若い画家に走った。当時のロンドンを騒がせた事件でした。8人の子どもを養うため、ミレイの絵は次第に売れ筋の肖像画や、甘い子どもの絵に移っていきます。
『オフィーリア』のように草一本を5か月かけて描くことは、もうありませんでした。
かつての仲間や信奉者からは「才能を売った」と言われます。それでもミレイは画家として頂点に上り、1896年、王立美術院の院長になりました。ラファエロ前派を名乗った19歳の少年が、その美術院のトップになった。同じ年、67歳で亡くなります。
よくある質問
Q. 『オフィーリア』はどこで見られますか?
ロンドンのテート・ブリテンが所蔵しています。貸し出しや展示替えで見られない期間があるため、訪問前に公式サイトで最新情報を確認してください。日本にも過去に何度か来日しています。
Q. ラファエル前派の他の代表作は?
ロセッティの『ベアタ・ベアトリクス』、ハントの『世の光』、ミレイの『両親の家のキリスト』などが知られています。ロセッティの『ベアタ・ベアトリクス』は、亡きシダルをモデルにした絵です。
Q. 絵の中の花は本当に実物どおりですか?
背景の草花は川辺で実物を写生したものです。ただし咲く季節が違う花が一枚に同居しており、ミレイが意味を優先して花を配置したことがわかります。
まとめ:浴槽と川が、一枚になった
- 背景は郊外の川で約5か月かけて写生、人物は冬のアトリエの浴槽で描いた合成の絵
- ラファエル前派は19歳のミレイらが結成した「自然を見えるままに描く」同盟
- 水面の花はすべて花言葉と『ハムレット』の台詞に対応する「読む絵」
- モデルのシダルはのちにロセッティの妻となり、若くして亡くなった
- ミレイは王立美術院の院長にまで上り、1896年に亡くなった
冒頭の浴槽に戻ります。火の消えたランプの横で、冷えた水に浮かんでいた店員の顔は、170年後も川の上に浮かんだままです。次にこの絵を見るとき、川の水と浴槽の水、どちらを見ているか意識してみてください。
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