鳥獣戯画とは?作者不明・セリフなしで800年読まれてきた「日本最古の漫画」4巻の見方

『鳥獣人物戯画』甲巻より、カエルとウサギの相撲(平安時代・12世紀、高山寺蔵)
『鳥獣人物戯画』甲巻より、カエルとウサギの相撲(平安時代・12世紀、高山寺蔵)

漫画を読むとき、私たちは右から左へ目を動かします。

コマの中の人物が走れば、後ろに線が引かれる。叫べば、口から何かが飛び出す。誰に教わったわけでもないのに、読み方を知っています。

その読み方の、いちばん古い先祖が京都の山寺に伝わっています。

ウサギを投げ飛ばすカエル。国宝『鳥獣人物戯画』、通称「鳥獣戯画」です。グッズや広告で絵柄は見たことがあっても、全部で何巻あり、何が描かれているかを知る人は多くありません。巻ごとに、順番に見ていきます。

44メートル。

鳥獣戯画は、甲・乙・丙・丁の4巻からなる絵巻物です。

紙の縦幅は約30センチ。4巻をつなぐと、全長はおよそ44メートルになります。色はなく、墨の線だけ。こうした描き方を「白描」と呼びます。

描かれたのは平安時代の終わりから鎌倉時代のはじめ、12〜13世紀。4巻は同時に作られたのではなく、別々の時期に別々の人が描いたものが、一つにまとめられたと考えられています。

鳥獣戯画には、物語の説明文が一文字もない

ふつうの絵巻には「詞書」という文章がつきます。『源氏物語絵巻』も、文章と絵が交互に並ぶ形式です。

鳥獣戯画には、それがありません。

4巻すべて、絵だけです。何の話なのか。誰のために描いたのか。説明が一切ないので、800年たった今も確かなことはわかっていません。読む人が、絵から想像するしかない。それがこの絵巻のいちばんの特徴です。

甲巻|ウサギとカエルが相撲をとる、いちばん有名な巻

『鳥獣人物戯画』甲巻の冒頭。谷川で水遊びをするウサギとサル
『鳥獣人物戯画』甲巻の冒頭。谷川で水遊びをするウサギとサル

みなさんが思い浮かべる鳥獣戯画は、ほぼすべて甲巻です。全長は約11メートル。

巻物は右から始まります。谷川で、ウサギが鼻をつまんで背中から飛びこむ。サルが仲間の背中を流す。場面はそのまま弓の腕くらべ、宴会の支度、追いかけっこ、相撲へと、切れ目なく流れていきます。

記事の最初の絵を見てください。相撲の場面です。

カエルがウサギを投げ飛ばし、口から細い線を吐いています。気合いの声か、息か。音を線で描いているのです。漫画の吹き出しの先祖、と言われる部分です。ひっくり返ったウサギの横では、仲間のカエルたちが腹を抱えて笑い転げています。

すぐ右では、別のカエルがウサギの耳にかみついている。明らかに反則です。

甲巻のつづき|サルのお坊さんと、カエルの仏さま

『鳥獣人物戯画』甲巻より、逃げるサルを追うウサギとカエル
『鳥獣人物戯画』甲巻より、逃げるサルを追うウサギとカエル

上は追いかけっこの場面。右端のサルが、振り返りながら逃げています。追うウサギは長い棒を持ち、カエルたちは前のめりです。

サルの足もとに、地面の線は引かれていません。それでも走って見える。体の傾きと、手足の開き方だけで速さを描いています。下書きの跡がほとんどない、一発勝負の線です。

巻の終わり近くには、法要の場面があります。

袈裟をつけたサルの僧侶が、お経を読んでいる。その前の台座に仏像のような顔で座っているのは、カエルです。背中の光は、大きな葉っぱ。

当時の僧侶や貴族を動物に置きかえてからかった風刺だ、という説があります。ただの遊びだ、という説もあります。詞書がないので、決着はついていません。私は、描いた本人が笑いながら筆を動かしていたことだけは確かだと思っています。線が、そういう線だからです。

乙巻|麒麟と龍が出てくる、平安の動物図鑑

乙巻の動物たちは、服も着ず、二本足でも歩きません。

前半は馬、牛、鷹、犬、鶏など、身近にいた動物。後半は虎、象、獅子、さらに麒麟、龍、獏といった、当時の日本人が実物を見たことのない動物や空想の生きものが並びます。

象や虎は、当時の日本にはいません。絵師は中国から伝わった絵や仏画を頼りに、見たことのない動物を描きました。だから虎はどこか猫のようで、象の足は太い柱のようです。

絵師たちが手本にするための動物図鑑だったのではないか、と考えられています。甲巻と同じくらい線がうまく、牛のぶつかり合う場面には重さがあります。

丙巻|1枚の紙の表と裏を、はがしてつないだ巻

丙巻は、前半が人間、後半が動物です。

前半では、人々が囲碁や双六に熱中し、首にひもをかけて引っぱり合う「首引き」や、にらめっこで遊んでいます。後半は、甲巻に似たウサギやカエルやサルの遊び。

なぜ、人と動物が一つの巻に同居しているのか。

2009年から4年がかりの修理で、理由がわかりました。もともと1枚の紙の表に人物、裏に動物が描かれていた。それを後の時代に薄く2枚にはがし、つないで1巻に仕立てていたのです。表の墨が裏の絵に写った跡が、決め手になりました。

丁巻|人間だけ。わざと崩した、鎌倉時代の「ヘタウマ」

丁巻には、動物が一匹も出てきません。

描かれるのは、法力をくらべ合う僧、流鏑馬、大木を綱で引く人々。線は太く、速く、ラフです。甲巻の場面をまねて人間に演じさせたような箇所もあります。

下手なのではなく、技術のある絵師がわざと力を抜いて描いた、という見方が有力です。4巻の中でいちばん新しく、鎌倉時代の作とされています。

鳥羽僧正が作者ではないのなら、鳥獣戯画は誰が描いたのか

鳥獣戯画を伝えてきた京都・栂尾の高山寺、石水院の門(Photo: 663highland / CC BY 2.5)
鳥獣戯画を伝えてきた京都・栂尾の高山寺、石水院の門(Photo: 663highland / CC BY 2.5)

長いあいだ、作者は平安時代の高僧・鳥羽僧正覚猷だとされてきました。戯画の名手として名前が伝わっていた人物です。

裏づける証拠は、見つかっていません。

巻ごとに筆づかいが違い、甲巻の中でさえ前半と後半で描き手が違うと見られています。宮廷に仕えた絵師か、寺で仏画を描いた絵仏師か。名前は一人もわかっていません。甲巻は紙の順番が入れかわっていて、抜け落ちた場面が掛け軸などの形で別に伝わっていることもわかっています。

絵巻を伝えてきたのは、京都市の北西、栂尾の山中にある高山寺です。紙のあちこちに押された「高山寺」の赤い印が、その証拠です。

アニメーション映画監督の高畑勲さんは、時間の流れを絵だけで語る鳥獣戯画などの絵巻を、日本の漫画とアニメの源流として論じました。

よくある質問

Q. 鳥獣戯画はどこで見られますか?
高山寺の所蔵ですが、現在は甲巻と丙巻が東京国立博物館、乙巻と丁巻が京都国立博物館に預けられています。常設展示ではないので、公開の予定は各館の公式サイトで確認してください。高山寺では複製を見ることができます。

Q. なぜウサギ・カエル・サルなのですか?
理由を記した記録はありません。いずれも当時の人々の身近にいて、仏教の説話や昔話にもよく登場する動物です。

まとめ:鳥獣戯画は「右から左へ」読む

  • 甲・乙・丙・丁の4巻、全長約44メートル。墨一色で、説明の文章は一文字もない
  • 甲巻:擬人化されたウサギ・カエル・サル。相撲、水遊び、法要。声を線で描く表現がある
  • 乙巻:実在と空想の動物を描いた図鑑のような巻
  • 丙巻:前半が人、後半が動物。1枚の紙の表裏をはがしてつないだもの
  • 丁巻:人物だけ。わざと崩した速い線
  • 作者は不明。鳥羽僧正説に確かな証拠はなく、複数の絵師の手による

展覧会に行く前や、グッズの絵柄が気になったときに、この記事を巻ごとの早見表として使ってください。そして本物や図版を見るときは、かならず右から左へ。ウサギたちは800年間、ずっとその向きに走っています。

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