1973年、ヤンキー・スタジアムを埋めたサルサ——鍵は「クラーベ」

セリア・クルース(1957年撮影)。キューバ・ハバナ出身、のちに「サルサの女王」と呼ばれる歌手
セリア・クルース(1957年撮影)。キューバ・ハバナ出身、のちに「サルサの女王」と呼ばれる歌手

サルサなら知っている、という人は多いはずです。世界中の都市で踊られている、ペアのダンス音楽。そこまでは合っています。

では「クラーベ」はどうでしょう。長さ20センチほどの木の棒2本が刻む、2小節に5つの音。鳴っていないときでも演奏全体を支える、この音楽の「隠れた鍵」です。ここまで知っている人は、ぐっと減ります。

この5打に乗った音楽は、1973年の夏、ニューヨークのヤンキー・スタジアムを数万人で埋めました。興奮した客がフィールドになだれ込み、演奏は途中で打ち切られたと伝えられます。ステージにいたのは、移民街のレーベルが結成したファニア・オールスターズ。

サルサは、スペイン語で「ソース」。なぜ音楽にソースという名前が付いたのか。なぜキューバの音楽が、ニューヨークの球場を埋めたのか。まずは名前の由来からほどいていきます。

サルサという名前は、ニューヨークの移民街で付いた

サルサはキューバで生まれた名前だと思われがちです。違います。

この呼び名が定着したのは1960〜70年代のニューヨーク。イーストハーレムの通称エル・バリオやブロンクスといった、プエルトリコ系移民が多く暮らす街でした。キューバの大衆音楽ソンを土台に、ジャズの管楽器やアレンジを取り込んだダンス音楽。それを「サルサ=ソース」の一言で売り出したのが、後で紹介するレコード会社ファニアだったと伝えられます。

いろいろな素材を混ぜた、辛くて熱いソース。

音楽の中身を説明しない代わりに、味だけを一発で伝える名前です。学者の間では「キューバ音楽の焼き直しにすぎない」「いや、ニューヨークで別物になった」という議論が長く続いてきました。名前をめぐる論争が起きるほど、出自が入り組んだ音楽ということです。

では、土台になったソンとは何か。

土台はキューバの「ソン」——スペインのギターとアフリカの太鼓の結婚

サルサの心臓部を叩く打楽器コンガ。キューバ生まれの樽型の太鼓(Photo: Stephan Czuratis / CC BY-SA 3.0)
サルサの心臓部を叩く打楽器コンガ。キューバ生まれの樽型の太鼓(Photo: Stephan Czuratis / CC BY-SA 3.0)

ソンは、キューバ東部の農村で生まれた音楽です。

スペインから来た弦楽器の歌と、アフリカから連れてこられた人々の太鼓のリズム。二つの伝統が一つの音楽の中で結婚しました。歌い手が投げた一節に、コーラスが決まり文句で答える。この呼びかけと応答のやりとりも、アフリカ音楽から受け継いだ骨格です。

20世紀の前半、ソンは首都ハバナへ出てラジオとレコードで国民的な音楽になりました。マンボやチャチャチャといった世界的流行の母体にもなっています。

流れを変えたのは、1959年のキューバ革命でした。

アメリカとキューバの国交が断たれ、本場の音楽家と新譜が自由に行き来できなくなります。ニューヨークのラテン音楽家たちは、手元にあるソンを自分たちの暮らしに合わせて作り替えるしかありませんでした。この閉ざされた数年が、サルサを生んだとよく語られます。

その作り替えの中心で鳴っていたのが、あの木の棒です。

クラーベ——2小節に5つの音、全員が従う「隠れた鍵」

クラーベを刻む2本の木の棒「クラベス」。この5打のパターンがバンド全体の設計図になる(Photo: Hannes Grobe / CC BY 3.0)
クラーベを刻む2本の木の棒「クラベス」。この5打のパターンがバンド全体の設計図になる(Photo: Hannes Grobe / CC BY 3.0)

クラーベは、スペイン語で「鍵」という意味です。

2本の木の棒を打ち合わせる楽器そのものはクラベスと呼ばれ、そこから生まれた「2小節に5つ」の打点のパターンがクラーベと呼ばれます。前の小節に3つ、後ろの小節に2つ。逆にした2-3型もあります。

たったこれだけ。ところがこの5打が、バンド全体の設計図です。

ピアノの反復フレーズも、ベースも、管楽器のキメも、歌のフレーズの置き方まで、クラーベの型に合うように組み立てられます。面白いのは、曲によってはクラベス自体がほとんど鳴っていないことです。鳴っていなくても、演奏者全員の頭の中では鳴り続けている。だから「隠れた鍵」です。

私は初めてクラーベだけを取り出して聴いたとき、あまりの地味さに拍子抜けしました。ところが一度この型を覚えて曲に戻ると、コンガもピアノも全部がこの5打のまわりを回って聞こえます。同じ曲が別の曲になります。

口で言ってみてください。「カッ・カッ・カッ、(休み)カッ・カッ」。

この鍵を握って世界へ打って出たのが、移民街の小さなレーベルでした。

ファニア・レコードと「サルサの女王」セリア・クルース

ファニア・レコードは、1964年にニューヨークで生まれました。

創業者は二人。ドミニカ出身の音楽家ジョニー・パチェーコと、イタリア系の弁護士ジェリー・マスッチ。創業当初は車のトランクにレコードを積んで、街の店へ売り歩いたと伝えられます。このレーベルが地元の若い楽団を次々と契約し、看板ミュージシャンを集めた祭りのようなバンド、ファニア・オールスターズを結成しました。冒頭のヤンキー・スタジアムを埋めたのが、彼らです。

そこに、キューバから一人の歌姫が合流します。

セリア・クルース。ハバナに生まれ、人気楽団ソノーラ・マタンセーラの歌手として国中に知られた人でした。革命後に亡命し、その後、故郷へ帰ることはかないませんでした。ニューヨークでファニアの音楽家たちと組み、「サルサの女王」と呼ばれるまでになります。

ステージで彼女が叫ぶ決まり文句は「アスーカル!」。スペイン語で砂糖です。

苦いコーヒーに砂糖を放り込むような一声で、会場の温度が一段上がる。故郷を失った歌手が、故郷の音楽を世界の音楽に変えました。

ただしサルサは、レコードを聴くだけでは半分しか味わえません。

椅子に座って生まれた音楽ではない——サルサとダンス

サルサは、最初から踊るための音楽です。

生まれた場所はコンサートホールではなく、移民街のクラブとダンスホール。演奏者と踊り手が同じ空間にいて、ステップの盛り上がりが演奏を煽り、演奏が踊りを煽る。その往復で音楽が磨かれてきました。

いまでは世界中の都市にサルサを踊る夜があります。日本の教室やクラブでも、初心者向けの基本ステップから教えてくれます。ペアで踊る社交の音楽なので、言葉が通じない相手とも1曲踊れば知り合いです。

踊らない人にも、おすすめの聴き方があります。座ったままでいいので、足か指でクラーベを刻みながら聴いてみてください。体を通すと、耳だけでは見えなかった音の絡み合いが立ち上がってきます。

よくある質問

Q. サルサとマンボはどう違うのですか?
どちらもキューバのソンを母体にしています。マンボは1950年代前後にビッグバンド編成で世界的に流行した踊りと音楽。サルサは1960〜70年代のニューヨークで、ソン系の音楽をまとめ直した総称です。親戚同士で、線引きは専門家でも揺れます。

Q. 最初の1枚は何を聴けばいいですか?
セリア・クルースの歌が入ったアルバムか、ファニア・オールスターズのライブ盤から入るのが定番です。スタジオ録音より、観客の熱気ごと録れたライブ盤のほうがサルサらしさが伝わります。

Q. 踊れないと楽しめませんか?
聴くだけでも十分楽しめます。ただ、クラーベを指で刻む、立って軽く揺れる、それだけで聞こえ方が変わる音楽です。踊りに興味が出たら、多くの都市に初心者歓迎のレッスンがあります。

まとめ:まず5つの音を覚える

  • サルサはキューバのソンを土台に、ニューヨークのプエルトリコ系移民街で育った音楽
  • 名前は「ソース」。混ざりものであることを誇る名前
  • 2小節5打のクラーベが、鳴っていないときでも全体を支配する「隠れた鍵」
  • ファニア・レコードとセリア・クルースが、移民街の音楽を世界に届けた
  • ダンスと往復しながら磨かれてきた。体を通すと構造が見える

今日やることは一つ。「カッ・カッ・カッ、カッ・カッ」の5打を口で覚えてから、サルサを1曲かけてください。半世紀前に球場へなだれ込んだ人たちと、同じ場所に立てます。

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