ファドとは?リスボンの路地で「運命」を歌う、ポルトガルの音楽入門

ジョゼ・マリョア『ファド』1910年、リスボン市立博物館蔵。酒場でギターを弾く男と聴き入る女
ジョゼ・マリョア『ファド』1910年、リスボン市立博物館蔵。酒場でギターを弾く男と聴き入る女

ポルトガル旅行の動画で、こんな場面を見たことがあるはずです。

石畳の坂道、路面電車、イワシを焼く匂い。夜になると小さな店に人が集まり、黒いショールの女性が立ち上がって歌い出す。ギターが二本。客は黙る。歌が終わると、どよめきのような拍手。

「あれは何の音楽?」と思ったなら、その答えがファドです。

ファドという言葉は、ラテン語の「運命」から来ています。運命を歌う音楽。ただし勇ましい運命ではなく、失った恋、帰らない船乗り、離れた故郷を歌います。ポルトガル人が「サウダーデ」と呼ぶ、日本語にしにくい感情の音楽です。

私は、初めて聴いたとき歌詞が一語もわからないのに、途中で目が熱くなりました。理由は後でわかります。まず、この音楽がどこで生まれたかから。

ファドはどこで生まれたのか——リスボンの港町と、26歳で死んだ歌い手

ファドは、19世紀前半のリスボンで生まれたと考えられています。

場所は、港に近い下町です。アルファマ、モウラリア、バイロ・アルト。船乗り、荷役、娼婦、兵士が暮らす界隈で、酒場や路地で歌われていました。上流階級の音楽ではなく、貧しい人々の音楽として始まっています。

最初の伝説的な歌い手は、マリア・セヴェーラという女性です。

1820年生まれ。モウラリアの路地で暮らし、酒場で歌い、貴族の伯爵と恋に落ちたと伝えられます。亡くなったのは1846年、26歳でした。実際の歌声は録音も楽譜も残っていません。それでもファドの歌い手たちは、今も彼女を「最初のファディスタ」として語り継いでいます。黒いショールをまとう習慣は、セヴェーラを悼むものだという説もあります。

歌い手のことを、ファディスタと呼びます。

彼らの隣で鳴っている、あの丸い形のギターは何なのか。

ギターラ・ポルトゥゲーザ——涙のような音を出す12本の弦

楽器店に並ぶポルトガルギター(ギターラ・ポルトゥゲーザ)。洋梨形の胴に12本の弦を張る
楽器店に並ぶポルトガルギター(ギターラ・ポルトゥゲーザ)。洋梨形の胴に12本の弦を張る

ファドの伴奏は、基本的に二種類のギターです。

一本は、私たちが知っているギターに近い「ヴィオラ」。低音とリズムを受け持ちます。もう一本が、ファドの顔とも言えるギターラ・ポルトゥゲーザ。洋梨のような丸い胴に、12本の弦を2本ずつ6組に張った楽器で、金属的で、きらきらと震える音を出します。

歌と歌の間に、このギターラが短いフレーズを差し込む。

歌い手が息を継ぐたび、ギターラが涙をぬぐうように応える。私が歌詞なしで泣けた理由は、たぶんこの音です。声が言い切れなかった分を、12本の弦が引き継いでいました。

楽器の役割がわかると、店での聴き方も変わります。

「静かに、ファドが歌われる」——店では黙って聴くのが礼儀

ファドを聴かせる店を、カーザ・デ・ファド(ファドの家)と呼びます。

歌が始まる前、店の人がこう言います。「静かに、ファドが歌われます」。この一言で、ナイフとフォークが止まり、会話がやみ、照明が落ちる。歌のあいだは、食事の手を止めて聴くのが決まりです。

歌い手はマイクを使いません。

小さな店なら、生の声だけで十分に届きます。歌の途中で拍手はしない。終わってから、思いきり手を叩く。観光客向けの店でも、この空気は残っています。

大学の街コインブラには、別のファドがあります。

こちらは黒いマントを着た男子学生が歌う伝統で、リスボンのものより甘く、セレナーデに近い。そして拍手のかわりに、咳払いのような音で称賛を伝える習慣があります。手を叩かない拍手。ポルトガルは、拍手の仕方までサウダーデに向いている国です。

この音楽を、世界に運んだ人がいました。

アマリア・ロドリゲスは何を変えたのか——「ファドの女王」と3日間の喪

リスボン、アルファマ地区の路地(Photo: Ingo Mehling / CC BY-SA 4.0)
リスボン、アルファマ地区の路地(Photo: Ingo Mehling / CC BY-SA 4.0)

アマリア・ロドリゲス。ファドと言えば、まずこの名前です。

1920年、リスボンの貧しい家に生まれ、少女時代は港で果物を売っていたと伝えられます。歌い手として頭角を現すと、それまで酒場の音楽だったファドを、劇場やレコード、映画へ運びました。パリ、ニューヨーク、そして日本でも公演しています。

変えたのは、歌詞です。

アマリアは、ポルトガルの詩人たちの詩をファドで歌いました。下町の歌に、文学の言葉を乗せた。これによってファドは「貧しい人の泣き歌」から、国の文化として扱われる音楽になりました。

影の部分もあります。20世紀半ばの独裁政権の時代、ファドは体制に都合よく使われた音楽だとも言われました。「3つのF」、つまりファティマの聖地とフットボールとファドで国民をなだめた、という皮肉な言い回しが今も残っています。アマリア自身も、その時代を歌い続けた人でした。

1999年に亡くなったとき、ポルトガル政府は3日間の国民的な喪を宣言しました。歌い手一人の死に国が喪に服す。彼女の遺体は、その後、国の偉人が眠る国立パンテオンに移されています。

2011年、ファドはユネスコの無形文化遺産に登録されました。

今のファドは誰が歌っているのか——世代交代と「サウダーデ」の行方

ファドは、博物館の音楽ではありません。

アマリア以後も、マリーザ、アナ・モウラ、カルミーニョといった歌い手が、世界のフェスやホールでファドを歌っています。伝統的な黒いショールで歌う人もいれば、ジャズやポップスの奏者と組む人もいる。若い世代のファドは、年ごとに姿を変えています。

ただ、変わらないものが一つあります。

サウダーデ。失われたもの、遠くにあるものへの、甘くて痛い思い。悲しみとも懐かしさとも違う、その二つのあいだにある感情です。船で世界に出ていった国、帰らなかった人を待ち続けた港。ファドはその感情に、旋律と12本の弦を与えた音楽です。

歌詞がわからなくても聴ける理由は、ここにあります。

よくある質問

Q. 何から聴けばいいですか?
アマリア・ロドリゲスの代表的なベスト盤から入るのが定番です。もっと今の音で聴きたいなら、マリーザやカルミーニョの近作を。配信サービスで「fado」と検索すると、伝統派と現代派の両方が並びます。

Q. ファドとフラメンコは似ていますか?
どちらもイベリア半島の音楽ですが、別物です。フラメンコは手拍子と踊りと激しいリズムが中心で、ファドは座って聴く歌の音楽です。楽器も、フラメンコがスペインのギター、ファドはギターラ・ポルトゥゲーザを使います。

Q. リスボンでファドを聴くには?
アルファマやバイロ・アルト地区にファドの店が集まっています。予約の要否や開演時間は店によって違うので、各店の公式情報を確認してください。アルファマにはファド博物館もあります。

まとめ:今夜、歌詞のわからない歌を1曲

  • ファドは19世紀リスボンの下町で生まれた「運命」の音楽。感情の核は「サウダーデ」
  • 伝説の初代ファディスタ、マリア・セヴェーラは26歳で亡くなった
  • 伴奏は2本のギター。洋梨形のギターラ・ポルトゥゲーザが歌の隙間を埋める
  • 店では「静かに」の一言で会話が止まり、マイクなしで歌われる
  • アマリア・ロドリゲスが詩をファドに乗せ、世界の音楽にした。2011年ユネスコ無形文化遺産

今夜は、アマリア・ロドリゲスを1曲だけ再生してください。歌詞は調べなくて構いません。歌が途切れた瞬間に鳴るギターラの音だけ待つ。そこにサウダーデがあります。

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