『大使たち』の床に浮かぶ細長い影——ホルバインが斜めからしか見せなかった頭蓋骨

ハンス・ホルバイン(子)『大使たち』1533年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ハンス・ホルバイン(子)『大使たち』1533年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー

美術の教科書か資料集で、この絵を見たことがある人は多いはずです。

毛皮のマントの男と、黒い僧服の男。二人のあいだの棚には、地球儀や楽器がぎっしり。そして足元に、灰色の細長い何かが斜めに浮いている。「これはドクロです」という説明も、たぶん一緒に読んでいます。

では、なぜこの位置に、なぜこの形で描いたのか。

そこまで説明できる人は、ぐっと減ります。答えを探すには、絵の中の小物を一つずつ拾っていくのがいちばんの近道です。500年前の依頼人が、何を自慢し、何を恐れていたのかが見えてきます。

ホルバイン『大使たち』は、二人の若いフランス人の「名刺」だった

描かれたのは1533年のロンドン。画面はおよそ2メートル四方で、人物はほぼ等身大です。

左の男はジャン・ド・ダントヴィル。フランス王がイングランドに送りこんだ大使で、腰の短剣の鞘に「29歳」と刻まれています。右の男はジョルジュ・ド・セルヴ。友人で、同じく外交の仕事をしていた司教です。肘をついた本の小口に「25歳」とあります。

二人とも、まだ20代。

描いたのはハンス・ホルバイン(子)。ドイツのアウクスブルクに生まれ、スイスのバーゼルで腕を磨き、人文学者エラスムスの紹介状を持ってイングランドに渡った画家です。この絵の数年後には、国王ヘンリー8世の宮廷画家になります。

ハンス・ホルバイン(子)『ヘンリー8世の肖像』1537年頃、ティッセン=ボルネミッサ美術館
ハンス・ホルバイン(子)『ヘンリー8世の肖像』1537年頃、ティッセン=ボルネミッサ美術館

依頼したのはダントヴィルとされます。高い画家に、等身大の二人の肖像を頼む。そこに何を描きこんでもらうかは、依頼人のセンスの見せどころでした。

棚は上下の二段です。

上の段には天球儀と、日時計や角度を測る器具がいくつも並びます。空と時間を測る道具。つまり天の学問です。下の段には地球儀、算術の教科書、リュート、賛美歌の本、笛のケース。こちらは地上の学問と音楽。二人は天文学から数学、音楽まで通じた教養人だ、と絵が名乗っているわけです。

地球儀をよく見ると、フランスの一点に、ダントヴィルの領地の村の名前まで書きこまれています。

足元にも目を落としてみてください。幾何学模様の床は、ロンドンのウェストミンスター寺院にある中世のモザイク床をもとにしたと考えられています。国王の戴冠式が行われる、あの寺院です。絵の左下、床の影の中には、ホルバイン自身のラテン語の署名と「1533」の年号も描かれています。

ここまでなら、よくできた自己紹介の絵です。ところが小物の一部が、ひっそりと壊れている。

リュートの弦が1本切れている——1533年、割れかけていたヨーロッパ

『大使たち』下段の細部。地球儀、算術の本、弦の切れたリュート、開かれた賛美歌集
『大使たち』下段の細部。地球儀、算術の本、弦の切れたリュート、開かれた賛美歌集

上の拡大図で、リュートの糸巻きの近くを見てください。

弦が1本、切れています。

当時の人にとって、リュートは調和のシンボルでした。何本もの弦がそろって、はじめて和音が鳴る。その1本が切れているのは、ハーモニーの崩れを示すと読むのが一般的です。

隣で開かれている賛美歌集は、ドイツ語で書かれたルター派のもの。ページに見えるのは、ルターが訳した賛美歌です。カトリックの司教であるセルヴの肘先に、プロテスタントの歌集が置かれている。

1533年は、そういう年でした。

十数年前にルターが始めた宗教改革で、キリスト教世界は二つに割れつつありました。そしてこの年、ヘンリー8世は王妃との離婚を認めないローマ教皇と決裂し、アン・ブーリンと結婚します。イングランドがカトリック教会から離れていく、その現場のロンドンに、二人のフランス人外交官は立っていたのです。

セルヴは、カトリックとプロテスタントの和解を願う人だったと言われます。切れた弦と、開かれたルターの歌集。仲の良い二人の肖像の中に、壊れかけた世界がしまいこまれています。

私がこの絵でいちばん好きなのは、左上の隅です。緑のカーテンの端が少しめくれて、小さな十字架像が半分だけのぞいている。ほとんどの人は気づかずに通り過ぎます。救いは、あるにはある。ただ、カーテンの陰に隠れている。

そして床の上には、あの細長い影があります。

正面からは見えない頭蓋骨を、ホルバインはなぜ描いたのか

『大使たち』の頭蓋骨を、斜めから見た形に補正した画像
『大使たち』の頭蓋骨を、斜めから見た形に補正した画像

足元の灰色の物体は、正面から見ても、何なのかほとんどわかりません。

絵の右側に回りこみ、画面すれすれの低い角度からのぞき込む。すると細長い影がぎゅっと縮んで、上の画像のような頭蓋骨が現れます。

この技法を「アナモルフォーシス(歪像画)」といいます。遠近法の計算を逆手にとって、特定の角度からだけ正しく見える像を描く方法です。16世紀の知識人のあいだで流行した、一種の視覚トリックでした。

ヨーロッパの絵画には、頭蓋骨を描きこんで「メメント・モリ(死を忘れるな)」と伝える伝統があります。どれほど富や学問を積んでも、人はいつか死ぬ。この絵の頭蓋骨も、その意味だと考えられています。ダントヴィルの帽子のバッジも、よく見ると小さなドクロです。

ただ、ホルバインは頭蓋骨を普通には描きませんでした。

正面から、二人の立派な姿を眺めているあいだ、死は見えない。歩き出して、ふと横から振り返ったとき、はじめて姿を見せる。人生の中での死の現れ方を、絵の前を通り過ぎる体の動きそのもので体験させる仕掛けです。

描かれた場所にも意図があると考えられています。この絵は階段の脇や戸口の近くに掛けられ、部屋を出るときに斜めから目に入るよう計算されていた、という説です。確かな記録は残っていません。それでも、正面の華やかさと横顔の冷たさを一枚に同居させた発想は、500年後の私たちにもそのまま効きます。

ホルバインはこの10年後、ロンドンで40代半ばで亡くなりました。流行していた疫病によるものとされます。

よくある質問

Q. 『大使たち』はどこで見られますか?
ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています。展示室や展示状況は変わることがあるので、訪問前に美術館の公式サイトで確認してください。

Q. ホルバインの「子」とは何ですか?
父親も同じハンス・ホルバインという名の画家だったため、区別して「子」と呼びます。父は「ハンス・ホルバイン(父)」です。

Q. 本物の前で頭蓋骨を見るコツはありますか?
絵から離れず、右側の壁ぎわに立ち、画面とほぼ平行になる角度まで顔を寄せることです。正面から一歩ずつ横へずれていくと、形が変わっていく途中も楽しめます。

まとめ:『大使たち』は、歩きながら見る絵

  • 1533年のロンドンで、20代のフランス人外交官二人を等身大で描いた肖像画
  • 棚の上段は天の学問、下段は地上の学問と音楽。二人の教養を示す「名刺」になっている
  • 切れたリュートの弦とルター派の賛美歌集は、宗教改革で割れていくヨーロッパを映す
  • 床の細長い影は、斜めから見ると頭蓋骨になる。正面の栄華と、横から現れる死
  • 左上のカーテンの陰には、小さな十字架像が隠れている

今日、スマートフォンでこの記事の1枚目の画像を画面いっぱいに表示してみてください。そのまま端末を傾け、画面の右端に目を近づけて、床の影を横からのぞく。細長い灰色が縮んで、頭蓋骨がこちらを向いたら成功です。500年前のロンドンの客人と、同じ驚きを手のひらで味わえます。

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