273秒、ピアニストは一音も弾かなかった。ジョン・ケージ『4分33秒』初演の夜

ジョン・ケージ(1988年)
ジョン・ケージ(1988年)

1952年8月29日、ニューヨーク州の森の中。

木造の小さなコンサートホールのステージに、ピアニストのデイヴィッド・テューダーが現れます。ピアノの前に座ると、彼は鍵盤の蓋を閉めました。手元にはストップウォッチ。楽譜をめくり、時間を確かめ、また蓋を開ける。それを3回くり返して、彼は立ち上がり、お辞儀をしました。

演奏時間は4分33秒。そのあいだ、ピアノからは一つの音も鳴りませんでした。

ジョン・ケージの『4分33秒』。「何も弾かない曲」として、20世紀の音楽でいちばん有名で、いちばん誤解されている作品です。

正直に書くと、私はこの曲の話を初めて知ったとき、冗談か、芸術家の悪ふざけだと思いました。いまは少し違う考えを持っています。ただ、すっきり答えが出たわけでもありません。そのあたりも含めて、書いてみます。

1952年、森のホールで『4分33秒』は「演奏」された

『4分33秒』が初演されたマーヴェリック・コンサートホール(Photo: John E Leslie III / CC BY-SA 4.0)
『4分33秒』が初演されたマーヴェリック・コンサートホール(Photo: John E Leslie III / CC BY-SA 4.0)

初演の会場は、ニューヨーク州ウッドストック近くの森にあるマーヴェリック・コンサートホールでした。上の写真のとおり、木の板で作った納屋のような建物で、壁には大小の窓がいくつも並び、まわりを森の木々が囲んでいます。

演奏会は、現代音楽を集めたものでした。客席の人々は、新しい音楽を聴きに来たつもりだったはずです。

ところが、ピアノは鳴らない。

ケージはのちに、このときのことを振り返っています。第1楽章では、外で風がそよぐ音が聞こえた。第2楽章では、雨粒が屋根をぱらぱらと叩きはじめた。第3楽章では、客席の人たち自身が、話したり、席を立って出ていったりして、いろいろな音を立てた、と。

聴衆の多くは、腹を立てたり、困惑したりしたと伝えられます。当然の反応です。ただ、ケージの考えでは、そのあいだも音楽は鳴り続けていました。風と雨と、人々のざわめきが、この日の『4分33秒』だったのです。

ケージが無響室で聞いた2つの音——「沈黙」は存在しない

この曲が生まれるきっかけになった出来事があります。

1951年、ケージはハーバード大学にある「無響室」に入りました。壁も床も天井も吸音材で覆われ、外の音も反響もほぼ完全に消される特別な部屋です。完全な静けさを体験できるはずでした。

無響室の内部。金網の床の下と壁を吸音材が覆う(Photo: Togabi / CC BY-SA 4.0)
無響室の内部。金網の床の下と壁を吸音材が覆う(Photo: Togabi / CC BY-SA 4.0)

ところが、ケージには2つの音が聞こえました。一つは高い音、もう一つは低い音。部屋を出て技術者に尋ねると、高いほうは自分の神経系が働く音、低いほうは血液が流れる音だと説明されたといいます。

生きているかぎり、人間は完全な沈黙を体験できない。

ケージはそう考えるようになりました。「沈黙」とは音がないことではなく、意図して出した音がないだけの状態だ。その間にも、まわりでは音が鳴っている。だとすれば、作曲家が音を出すのをやめれば、そのとき鳴っているすべての音が音楽になる。

同じころ、友人の画家ロバート・ラウシェンバーグが、真っ白なだけの絵を描いていました。白い画面には、部屋の光や、前に立つ人の影が映りこむ。何も描かないことで、まわりのものが絵になる。ケージは、この白い絵に背中を押されたと語っています。

音のない曲という考え自体は、もっと前からケージの頭にありました。1948年の講演で、彼は「沈黙の祈り」という無音の曲を作り、店や工場に音楽を流す会社に売りこみたい、という冗談めかした構想を語っています。数年がかりで、その思いつきに裏づけが与えられたわけです。

ケージは若いころから、ピアノの弦のあいだにボルトやゴムを挟んで打楽器のような音に変える「プリペアド・ピアノ」を考案するなど、音の常識を揺さぶってきた作曲家でした。日本の仏教学者・鈴木大拙の講義に通い、禅の考え方にも強く惹かれています。『4分33秒』は、そうした歩みの行き着いた先でした。

『4分33秒』の楽譜には、何が書いてあるのか

では、『4分33秒』の楽譜には何が書かれているのか。

曲は3つの楽章でできています。初演のときの長さは、第1楽章が33秒、第2楽章が2分40秒、第3楽章が1分20秒。合わせて4分33秒です。のちに出版された楽譜では、各楽章に「TACET(タチェット)」とだけ書かれています。オーケストラの楽譜で「この楽器はここで休み」を表す言葉です。

楽器の指定もありません。ピアノでも、オーケストラでも、何人でもかまわない。のちのケージは、演奏時間も自由でよいとしています。曲名は、初演のときにたまたまその長さだったことから来ています。

ちなみに、4分33秒を秒に直すと273秒。絶対零度のマイナス273度と同じ数字なので、すべての動きが止まる温度を表したという説がよく語られます。ただ、ケージがそれを意図したかどうかは確かめられていません。

演奏会では、いまも本当にこの曲が演奏されます。オーケストラの団員が楽器を構えたまま静止し、指揮者が楽章の区切りで腕を下ろす。客席の咳払いや、空調の低いうなりや、外を走る車の音が、その夜の演奏になります。

『4分33秒』を「聴く」とは、どういうことか

ここからは、私の考えです。

録音で『4分33秒』を「聴く」ことに、私はいまも戸惑います。再生ボタンを押しても、スピーカーからは何も出てこない。耳に入ってくるのは、自分の部屋の冷蔵庫の音や、窓の外の鳥の声です。それは曲を聴いているのか、ただ部屋にいるだけなのか。

一つだけ確かなのは、この4分33秒のあいだ、ふだん聞き流している音に、いつもより注意が向くことです。冷蔵庫は意外なほど大きな音を立てているし、遠くの道路は一定のリズムで鳴っている。ケージが差し出したのは、新しい音ではなく、すでにある音を聴くための時間だったのだと思います。

よくある質問

Q. 『4分33秒』は本当に「曲」と呼べるのですか?
意見は分かれます。ただ、作曲家が演奏の時間と区切りを決め、演奏者がそれに従い、聴き手がその時間を体験するという点で、ほかの曲と同じ形をしています。この問いを考えさせること自体が、作品の狙いの一つとも言われます。

Q. ケージには「音が鳴る」曲もありますか?
たくさんあります。プリペアド・ピアノのための『ソナタとインターリュード』は、ガムランを思わせる不思議な響きで、ケージを初めて聴く人にもすすめやすい作品です。

Q. 演奏時間は必ず4分33秒ですか?
初演はその長さでしたが、のちのケージは長さを自由にしてよいとしました。それでも、多くの演奏会では曲名どおり4分33秒前後で演奏されています。

まとめ:『4分33秒』は、無音の曲ではない

  • 1952年8月29日、ピアニストのテューダーが、一音も弾かずに初演した
  • 会場では、風の音、雨の音、客席のざわめきが聞こえていた
  • きっかけは、無響室でも自分の体の音が聞こえたという体験。「沈黙」は存在しない
  • 楽譜には3つの楽章と「TACET」だけ。楽器も人数も指定がない
  • 演奏されるたびに、その場の音が「曲」になる

これが音楽なのかどうか、正直に言えば、私にはまだ答えが出ていません。ただ、この記事を読み終えたら、一度だけ4分33秒、何もせずに耳を澄ませてみてください。そのとき聞こえた音を「音楽ではない」と言い切れるかどうか。私がまだ決められずにいるのは、そこです。

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