ヴァニタスとは?頭蓋骨、砂時計、消えたろうそく——17世紀の静物画に描かれた「死を忘れるな」の読み方

フィリップ・ド・シャンパーニュ『ヴァニタス(チューリップと頭蓋骨と砂時計のある静物)』1671年頃、ル・マン、テッセ美術館
フィリップ・ド・シャンパーニュ『ヴァニタス(チューリップと頭蓋骨と砂時計のある静物)』1671年頃、ル・マン、テッセ美術館

美術館の静物画の部屋。正直、素通りしていませんか。

テーブルの上に果物とグラスと本が並んでいるだけ。人物も物語もない。上手なのはわかるけれど、何を見ればいいのかわからない。

ところが、上の絵のように、テーブルの上に頭蓋骨がごろりと置かれている静物画があります。17世紀のヨーロッパで盛んに描かれた「ヴァニタス」と呼ばれる絵です。

ヴァニタスの絵に描かれた品物には、一つひとつに意味があります。言葉の代わりに、物で文章を書いているようなもの。読み方さえ知っていれば、静物画の部屋は、謎解きの部屋に変わります。

この記号の辞書として、美術館に行く前に読み返せるようにまとめました。

ヴァニタスとは?「空の空、すべては空」という聖書の言葉

ヴァニタス(vanitas)は、ラテン語で「むなしさ」「はかなさ」を意味します。

出どころは、旧約聖書の「伝道の書(コヘレトの言葉)」の冒頭にある一節です。日本語では「空の空、すべては空」などと訳されてきました。富も名声も知識も、死の前ではすべてむなしい、という意味です。

この考えを絵にしたのがヴァニタス画で、とくに17世紀のオランダで数多く描かれました。大学の町ライデンが、その中心地の一つです。

同じ考えを表すもう一つの言葉が、「メメント・モリ」。ラテン語で「死を忘れるな」。ヴァニタスの絵は、見る人にそっと、この言葉をささやいています。

頭蓋骨——いちばん直接的な「死」

ヴァニタス画の主役です。

説明はほとんど要りません。誰もがいつかはこうなる、という、もっとも率直な死のしるしです。

冒頭のシャンパーニュの絵は、ヴァニタスを最小限の3つの品物だけで描いた例として知られます。左に花、中央に頭蓋骨、右に砂時計。生と死と時。これだけで、一つの文章が完成しています。

砂時計と懐中時計——減っていく時間

砂時計の砂は、上から下へ落ちるだけで、戻ることはありません。

時間が流れ、命の残りが少しずつ減っていくことのしるしです。シャンパーニュの砂時計は、上の砂がもう少なくなっています。

17世紀になると、砂時計の代わりに懐中時計が描かれることも増えました。ふたを開けた懐中時計は、当時の高価なぜいたく品でもあります。時を刻む機械であると同時に、持ち主の富を見せる品物。一つの物が、二重の意味を背負っています。

消えたろうそく、煙を上げるランプ

ピーテル・クラース『頭蓋骨と羽根ペンのある静物』1628年、メトロポリタン美術館
ピーテル・クラース『頭蓋骨と羽根ペンのある静物』1628年、メトロポリタン美術館

上の絵の左奥を見てください。

小さなオイルランプの火が、たった今、消えたところです。細い煙が一筋、ゆらりと立ちのぼっています。

ろうそくやランプの火は、命そのもののたとえです。燃えている火は生きている時間、消えた火は終わった命。火が消えた直後の煙を描くことで、画家は「たった今」終わったばかりの命を感じさせています。

ヴァニタス画では、ろうそくが短く燃え尽きかけていたり、倒れていたりすることも多い。火を見つけたら、まず燃えているかどうかを確かめてください。

倒れたグラスと、空の器

同じクラースの絵の右側には、横倒しになったガラスの杯があります。

中身はもう空です。飲み干されたのか、こぼれたのか。満たされていた器が空になる、というのも、命や楽しみの終わりを示すしるしです。

ガラスそのものにも意味があります。透明で美しく、けれど落とせば一瞬で割れてしまう。もろさとはかなさの象徴として、ヴァニタスの絵にはよく描かれました。

本と羽根ペン——知識も墓には持っていけない

クラースの絵では、頭蓋骨が古い本の上に載り、その横に羽根ペンとインク壺が置かれています。

本や羽根ペンは、学問と知識のしるしです。どれほど学んでも、どれほど書いても、最後には頭蓋骨になる。知識もまた、死の前ではむなしい。

ヴァニタス画の中心地が大学の町ライデンだったことを思い出すと、この組み合わせは少し皮肉に見えてきます。学者や学生たちの町で、知識のむなしさを描いた絵が好まれた。私には、それが自分への戒めのようにも、ちょっとした自嘲のようにも見えて、どこか人間くさく感じられます。

チューリップ——1つの球根が高値で取引された花

花は、ヴァニタス画で美しさのはかなさを表します。今は咲き誇っていても、数日でしおれて散る。

なかでも目を引くのが、チューリップです。

17世紀前半のオランダでは、珍しい模様のチューリップの球根に投機の熱が集まり、1つの球根に途方もない値がついたと伝えられます。1637年、その熱は突然冷め、値段は暴落しました。「チューリップ・バブル」と呼ばれる出来事です。

冒頭のシャンパーニュの絵の、赤と白の縞模様のチューリップは、当時とりわけ珍重された種類のものです。美しさのはかなさと、富のむなしさ。一本の花が、その両方を背負っています。

楽器——鳴ったそばから消える音

エドワールト・コリール『ヴァニタスの静物』メトロポリタン美術館。中央奥の小さな本には「VANITAS」の文字が見える
エドワールト・コリール『ヴァニタスの静物』メトロポリタン美術館。中央奥の小さな本には「VANITAS」の文字が見える

上の絵には、ヴァイオリンと、縦笛のような木管楽器が描かれています。

楽器は、人生の楽しみや快楽のしるしです。そして音楽は、鳴ったそばから消えていく芸術でもある。どんなに美しい演奏も、終われば何も残りません。

このコリールの絵には、ほかにも楽譜、天球儀、真珠の首飾り、金貨、肖像の版画などが、テーブルいっぱいに積み上げられています。右端の本の陰には、頭蓋骨がのぞいている。中央の小さな本の背には「VANITAS」の文字まで書き込まれていて、見る人に答えを教えてくれています。

貝殻、地球儀、刀——世界中から集めた宝物

ハルメン・ステーンウェイク『人生の空しさの寓意』1640年頃、ロンドン、ナショナル・ギャラリー
ハルメン・ステーンウェイク『人生の空しさの寓意』1640年頃、ロンドン、ナショナル・ギャラリー

17世紀のオランダは、東インド会社を通じて世界中と貿易をしていました。

上のステーンウェイクの絵には、南の海の大きな巻貝、日本刀とみられる刀、豪華な器など、遠い国から運ばれてきた珍しい品々が並んでいます。どれも、当時の裕福な人々が競って集めた宝物です。

地球儀や天球儀は、世界を知りたい、手に入れたいという欲望のしるし。けれども、世界の果てから集めた宝物も、死んだ後には持っていけません。

シャボン玉——「人はシャボン玉」

ヴァニタス画には、ときどきシャボン玉を吹く子どもが描かれます。

ラテン語に「ホモ・ブッラ(人はシャボン玉)」という言葉があります。人の命は、シャボン玉のように美しく、ふわりと浮かび、そしてあっけなく割れて消える。

楽しげな子どもの遊びの絵に見えても、そこにシャボン玉があれば、それはヴァニタスの絵かもしれません。

光の筋——それでも残るもの

ステーンウェイクの絵で、もう一つ見てほしいのが、左上から差し込む一筋の光です。

テーブルの上の宝物と頭蓋骨は、すべて右下に寄せられ、画面の左半分は、何もない壁と光だけになっています。この光は、地上のむなしい品々とは別の、永遠のもの、神の存在を示していると解釈されています。

すべてはむなしい。けれども、だからこそ、むなしくないものに目を向けよ。ヴァニタス画は、死を描いて終わるのではなく、その先を指さす絵でもありました。

よくある質問

Q. ヴァニタス画を買ったのはどんな人たちですか?
17世紀のオランダでは、裕福な商人や市民が自宅に飾るために絵を買いました。豪華な品物を「むなしい」と描いた絵そのものが、高価なぜいたく品として売買されていたことになります。

Q. 頭蓋骨が描かれていればすべてヴァニタス画ですか?
多くの場合はそう読めますが、肖像画や宗教画の中に、同じ「死を忘れるな」の意味で頭蓋骨が添えられることもあります。ホルバインの『大使たち』の床に浮かぶゆがんだ頭蓋骨は、その有名な例です。

まとめ

  • ヴァニタスはラテン語で「むなしさ」。聖書の言葉に由来し、17世紀のオランダで盛んに描かれた
  • 頭蓋骨は死、砂時計と時計は過ぎていく時間、消えた火は終わった命を表す
  • 花、楽器、本、宝物は、美しさ・楽しみ・知識・富のはかなさのしるし
  • 光の筋のように、むなしさの先にある永遠を示す要素が描かれることもある

この記事は、静物画の前で迷ったときの「記号の辞書」として、ブックマークして見返してください。次に美術館の静物画の部屋に入ったら、まず頭蓋骨と、火と、時計を探す。それだけで、黙って並んでいた品物たちが、急に話し始めます。

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