アルチンボルドはなぜ皇帝の顔を野菜で描いたのか?宮廷で笑いものにならなかった理由

ジュゼッペ・アルチンボルド『ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世』1590年ごろ、スコークロステル城(スウェーデン)
ジュゼッペ・アルチンボルド『ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世』1590年ごろ、スコークロステル城(スウェーデン)

野菜で顔を作った絵、ふざけているのでは。

初めて見た人は、たいていそう思います。頬は桃、鼻は洋梨、目は桜桃、髭は麦の穂。しかもモデルは神聖ローマ皇帝です。皇帝を果物で描いて、首が飛ばなかったのか。

飛びませんでした。それどころか皇帝は喜び、画家に爵位を与えています。

描いたのはジュゼッペ・アルチンボルド。16世紀のミラノ生まれで、ハプスブルク家の3代の皇帝に仕えた宮廷画家です。彼の野菜の顔は、冗談ではなく、当時の宮廷でいちばん知的な贈り物でした。

なぜそう言えるのか。3つの絵を順に見ていくとわかります。

『夏』の襟に自分の名前を織り込んだ男——ふざけているのではなく、計算している

ジュゼッペ・アルチンボルド『夏』1563年、ウィーン美術史美術館
ジュゼッペ・アルチンボルド『夏』1563年、ウィーン美術史美術館

アルチンボルドは1526年ごろ、ミラノに生まれました。

父親も画家で、若いころはミラノ大聖堂のステンドグラスの下絵などを手がけています。まっとうな職人の出発点です。36歳ごろ、ウィーンのハプスブルク宮廷に招かれ、皇帝フェルディナント1世、次いでマクシミリアン2世に仕えました。

『夏』は、その宮廷で1563年に描かれた連作『四季』の一枚です。

横顔の女性に見えるものが、近づくと全部、夏の収穫物でできている。頬は桃、鼻はきゅうり、口は開いたさやえんどう、耳はとうもろこし。首から下の服は麦わらを編んだもので、襟の部分に「GIUSEPPE ARCIMBOLDO F.」、肩に「1563」と、麦の織り目で署名と年号が入っています。

この署名の入れ方が、彼の態度を教えてくれます。

思いつきで野菜を並べたのではない。一つ一つの植物が季節に合っていて、収穫の時期がずれるものは入っていない。当時の宮廷には、世界中の植物や動物を集めた「驚異の部屋」と呼ばれる収集室がありました。皇帝は珍しい自然物を集めることに熱中していた。アルチンボルドの絵は、その収集品の目録を一枚の顔にまとめたようなものです。

同じ年に描かれた『春』は花だけ、『秋』はぶどうと栗とかぼちゃ、『冬』は枯れた木の幹。

3年後には『四大元素』の連作も描かれます。『水』は魚と貝、『火』は燃える薪と大砲、『大気』は鳥、『大地』は獣。四季と四大元素で計8枚。どれも横顔で、向かい合うように配置できる。世界のすべてを皇帝の宮廷に集める、という思想を、絵で実行したのです。

私は、この『夏』を初めて見たとき、顔よりも先に襟の署名に目が止まりました。冗談を言う人は、こんな場所に几帳面に名前を織り込まない。

では、その几帳面さを、皇帝はどう受け取ったのか。

『水』の顔は60種類以上の生き物でできている——皇帝ルドルフ2世の「驚異の部屋」

ジュゼッペ・アルチンボルド『水』1566年、ウィーン美術史美術館
ジュゼッペ・アルチンボルド『水』1566年、ウィーン美術史美術館

『水』の顔を近くで見ると、鮫、鱏、蟹、海亀、海豹、蛸、真珠。

数え方によって違いますが、60種類以上の水の生き物が重なって、一人の人物の横顔になっています。耳は魚、真珠の首飾りは本物の真珠のように描かれ、肩には蟹と海老。当時のウィーンで、これだけの海の生物を正確に描ける画家はほとんどいません。宮廷の収集室にあった標本や図版を見て描いたと考えられています。

この絵を最も愛したのが、3代目の主人、ルドルフ2世でした。

ルドルフ2世は1576年に皇帝になり、宮廷をウィーンからプラハに移した人物です。政治より学問と収集を好み、天文学者ケプラーを召し抱え、錬金術師を集め、世界中の珍品で城を埋めました。「驚異の部屋」は、この皇帝のもとで最大になります。

アルチンボルドは、その部屋の番人のような画家でした。

絵を描くだけでなく、宮廷の祝祭や馬上試合の衣装や山車を設計し、珍しい品を買い付ける役目まで担っています。皇帝にとって、野菜の顔の絵は「変わった絵」ではなく、自分の宇宙をそのまま映した鏡だった。

そして1587年ごろ、老いたアルチンボルドはミラノに帰ることを許されます。皇帝は退職後も俸給を出し、伯爵に準じる称号まで与えました。宮廷で笑いものになるどころか、破格の待遇です。

ミラノに帰った彼は、最後の贈り物を描きました。それが冒頭の一枚です。

ルドルフ2世を果物の神にした最後の一枚——300年後、ダリが見つけるまで

ジュゼッペ・アルチンボルド『司書』スコークロステル城
ジュゼッペ・アルチンボルド『司書』スコークロステル城

『ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世』。

ウェルトゥムヌスは、古代ローマの季節と収穫の神です。アルチンボルドはこの神の姿で皇帝を描きました。頭には麦とぶどうと桜桃、頬は桃と林檎、胸は南瓜と玉ねぎ、襟元には花。四季の作物が一つの顔に同居している。これは皇帝が四季すべてを支配する、という意味です。

つまり、これは風刺ではなく賛美でした。

皇帝は季節の神であり、その治世は永遠の実りの時代である。そう言うために、画家は野菜を使った。冗談に見えるものが、最上級のお世辞だった。プラハに送られたこの絵を、ルドルフ2世はたいへん喜んだと伝えられます。

ところが皇帝の死後、絵の運命は変わります。

17世紀、三十年戦争でプラハはスウェーデン軍に略奪され、収集室の中身は北へ運ばれました。『ウェルトゥムヌス』も『司書』も、今スウェーデンの城にあるのはそのためです。そしてアルチンボルドの名前は、300年近く忘れられました。本を積んで人の形にした『司書』のような絵は、奇妙な珍品としてしか扱われなかった。

再発見したのは、20世紀のシュルレアリストたちです。

物と物を組み合わせて別のものに見せる、という彼の方法は、夢の絵を描いたダリやマグリットの先取りだった。1930年代以降、アルチンボルドは「シュルレアリスムの祖父」と呼ばれ、展覧会が開かれ、今では美術館の人気者になっています。

400年前の宮廷で、皇帝を果物の神にした画家。あなたが次に『ウェルトゥムヌス』を見るとき、笑う前に、頬の桃がどの季節のものか、一つだけ確かめてみてください。

よくある質問

Q. アルチンボルドの絵は日本で見られますか?
国内に常設の所蔵作品はほとんどなく、来日展の機会に見るのが一般的です。主な作品はウィーン美術史美術館とスウェーデンのスコークロステル城にあります。開催情報は各館の公式サイトで確認してください。

Q. 逆さまにすると別の絵になる作品があると聞きました。
『野菜栽培者』や『料理人』など、上下を逆にすると器に盛られた野菜や料理の静物画になる作品があります。これも「見方を変えると別のものになる」という同じ発想です。

まとめ:桃の頬は、冗談ではなく最上級のお世辞

  • アルチンボルドは16世紀ミラノ生まれで、ハプスブルク家の3代の皇帝に仕えた宮廷画家
  • 『四季』『四大元素』の連作は、皇帝の「驚異の部屋」に集められた世界を一枚の顔にまとめたもの
  • 『水』には60種類以上の水の生き物が正確に描かれ、『夏』の襟には署名が織り込まれている
  • 『ウェルトゥムヌス』は皇帝を季節の神として讃える絵で、皇帝は喜んで画家に称号を与えた
  • 死後300年近く忘れられ、20世紀のシュルレアリストが「祖父」として再発見した

野菜で顔を作った絵、ふざけているのでは。冒頭の疑問に戻ると、答えはこうです。ふざけていたのは画家ではなく、そう見てしまう400年後の私たちの目のほうでした。

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